市川市のガイドブックには決して載っていない話 ~松戸街道
町の変化は、昔よりも今のほうが急速に進みます。その理由の一つが、建築技術の進歩。
トラックもない、クレーンもない昔の工事は、人間と馬が主役。命の危険が伴い、工事はお金も時間もかかる一大事業だったのです。
今、私たちが何気なく歩いている道も、その昔、名もなき人々の、多くの犠牲の上に建設された可能性は否定できません。
現在の松戸街道 |
「利根川東岸一覧」は、1868年(慶応4年、明治元年) に作成されたとされる浮世絵。
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「利根川東岸一覧」https://trc-adeac.trc.co.jp/より |
国府台には松林と田畑が広がり、市川の市街地とは階段状の歩道でつながっているだけのように見えます。
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「利根川東岸一覧」https://trc-adeac.trc.co.jp/より |
国府台に大きな道が通ったのは、明治のこと。陸軍が大きく関係しています。
1998年に発行された『市川市国分周辺の変遷 聞き書き 資料編』に掲載されているインタビューを紹介しましょう。
田中正光さんは1912年(明治45年)生まれ。
田中さんのおじいさんの話では、1875年(明治8年)頃に、文部省が大学校の建設用地として、国府台の宅地と農地を買収したのだそうです。「よく調べもしないで、交通機関もなにもないのに」という表現から、役人の思い付きと地元の人には思われていたと推測できます。
ですから、「利根川東岸一覧」に描かれた頃とあまり変わらない風景が広がっていたと考えられます。
1884年(明治17年)に、この土地が陸軍省へ移管されました。
そして翌年の1885年(明治18年)に陸軍教導団の移転が決まると、交通機関もなにもなかった国府台に、軍事道路が建設されることになりました。
この道路建設に使われたのが、囚人たちの労働力です。
道路建設には大変な労働力と多額の費用が必要なので、明治政府は囚人たちを使役したのです。当時は、政府に反対していた政治犯や思想犯が逮捕され、囚人が多かったとのこと。
こうして建設された道路を「囚人道路」と、北海道では呼んでいるようです。おそらく、日本各地に囚人道路があるのでしょうね。
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朝日新聞デジタルhttp://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20170607011680001.htmlより |
国府台では、和洋女子大学の横を通る千葉県道1号市川松戸線(松戸街道)が、囚人によって建設されたとのこと。「その時、総寧寺の本堂は牢屋になった」と太田勝雄さん。
太田さんの話では、明治政府の廃仏毀釈で総寧寺はお金に困っていて、それで本堂を明治政府に貸したそうです。たくさんの囚人がやって来て、狭くなったため、総寧寺の北側の山林を切り開いて大きな監獄を作ったと太田さんは語っています。ここは「監獄山」と呼ばれたようです。
「足を鎖でつながれて、麦と米が半々のむすび一個で、一日中、激しい労働をさせられたらしいね。死ぬと、堀之内の、今は山土をすべて取っちゃってるから墓は下ろしていますが(現・駒形墓地)、山の上の共同墓地(中廟)へ埋めたわけだ」
松会久子さんのおばあさんのお話では、東練兵場も囚人が工事に駆り出されていました。「中国分を通ると、囚人が鎖につながれて工事をやっていたそうです」とのこと。
「街道」と聞くと、古くから存在する歴史的な道だとイメージしがちですが、松戸街道は明治に作られた道路だったというわけです。
土木工事 今昔 にも書いたとおり、パワーショベルやブルドーザーなどの大型建設機械が使われるようになったのは、昭和20年代後半。
ですから、道路工事も鍬(くわ)・鋤(すき)・モッコを使った人力作業のため、大変だったはずです。そんな過酷な労働を、明治政府は囚人に強制したのです。これは1894年(明治27年)に、明治政府が、囚人労働による外役を廃止するまで続いたと考えられます。
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今昔マップより |
市川市のガイドブックや資料には載っていない、名もなき人々によって、今の便利な暮らしが成り立っているのかもしれません。その多くを私たちは知らないまま、日々生活しているのですが。
町の人々にインタビューし、記録を残してくれた松岡博子さん、田中由紀子さんに感謝。
□参考資料
『市川市国分周辺の変遷 聞き書き 資料編』松岡博子
『幻の大学校から軍都への記憶』田中由紀子 萌文社
Wikipedia 囚人道路
月形歴史物語
http://www.town.tsukigata.hokkaido.jp/5543.htm
レファレンス協同データベースhttps://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000222144
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