『クラナリ』においての歴史に関する記述について(2022年6月16日初出、2026年10月29日更新) 10月 29, 2026 人はみな、わかることだけを聞いている ゲーテ 人間は、見たい映像だけを見て、聞きたい話だけを聞いて、自分に都合のいい部分だけ記憶するような生き物です。 歴史についても、その瞬間の一部分だけを、特定の視点で切り取って伝えられています。本当に正しいのかそうでないのかは、誰も...
だったら市川市のどこで湧き水が出ているのか問題 その6 生産緑地地区と湧き水 10月 28, 2026 無人販売所 都市部の農地は、野菜や果物といった食料を栽培するだけでなく、緑地(緑のある風景)を守り、火災の延焼を防ぐなど、さまざまな機能を持っています。こうした農地などを計画的に維持していくために、都市計画法に基づいてできたのが生産緑地地区制度です。生産緑地地区は、市長村長が指...
宮久保は葛飾八幡宮が最初に建てられた場所で、江戸時代前期は海のそばだったのか問題 その2 10月 27, 2026 宮久保幼稚園 1903(明治36)年発行の地図を見ると、当時、 白幡神社(白幡宮)が宮久保6丁目7−2の宮久保幼稚園の近くにあったことがわかります。 1903(明治36)年発行の地図 出典: 今昔マップ 、一部改変 明治初期の地図では、当時の白幡神社(白幡宮)が台地面の端に位...
だったら市川市のどこで湧き水が出ているのか問題 その5 下総台地が4つに区分されるという件について 10月 26, 2026 2026(令和8)年10月10日に市川市の下貝塚と宮久保、24日に柏井町で、アスファルトで舗装された道路に水が流れ出ていると、Xでポストされていました。SNSで発信する人が存在するかどうかで、地域情報に大きな偏りがあるものの、あくまでも印象として、市川市の西側の台地(「国分台」...
宮久保は葛飾八幡宮が最初に建てられた場所で、江戸時代前期は海のそばだったのか問題 その1 10月 25, 2026 葛飾八幡宮 葛飾八幡宮が創建されたのは下総国葛飾郡で、平安時代中期の寛平年間(889〜898年)でした。「寛平」は第59代天皇である宇多天皇の治世の元号です。宇多天皇によって京都の石清水八幡宮から勧請され、葛飾八幡宮が建立されました。 現在は八幡4丁目2−1にある葛飾八幡宮で...