1300年前の国府台の断崖絶壁を再現してみたいのだ 10 戦国時代には江戸川を歩いて渡れたワケ 10月 19, 2026 学術研究とは無縁の、純粋にエンターテイメントの立場で、市川市の歴史についてちょっと考えている『クラナリ』。 浮世絵にも描かれていた国府台の崖は、実際はどんな形だったのか。 数年にわたり勝手に妄想しているのが「1300年前の国府台の断崖絶壁を再現してみたいのだ」シリーズです...
江戸川放水路が竣工しても、38年間は上流から水は流れていなかったのか問題 10月 18, 2026 江戸川について、古い地図を見ながら、不思議に思うことがありました。 1919(大正8)年に、江戸川放水路は竣工したとされています。 出典: 江戸川改修100周年パンフレット しかし、 昭和に入ってからも、上流と下流がつながっていない のです。 昭和22年土地利用図 出典: ...
秣川(まぐさがわ)と馬と江戸川放水路 10月 14, 2026 200mほどの秣川の流域では、「秣(まぐさ)」つまり牛や馬に与える飼料(飼葉〈かいば)〉は取れませんでした。 しかし、わざわざ秣川と名づけたのには、理由があるはずです。 明治には秣川はなく、水田とナシ畑でした。地図に登場するのは、1916(大正5)~1919(大正8)年の江...
幅3m・長さ200mなのに一級河川の秣川(まぐさがわ) 10月 13, 2026 一級河川の秣川 歴史を感じさせる秣川排水機場 「秣(まぐさ)」は、牛や馬に与える飼料(飼葉〈かいば)〉や、飼料を与えることを意味します。 しかし、千葉県市川市を流れる秣川は、明治・大正だと水田と果樹園(歴史的農業環境閲覧システムによるとナシ)で、そもそも川や水路がなく、しかも...
縄文時代の海岸線と貝塚。地図の出所を求めて……その2 東木龍七氏の「地形と貝塚分布より見たる關東低地の舊海岸線」 10月 10, 2026 出所のわからない地図を、以下の記事に掲載したのが、2020年1月9日。 ○4000年も前から人々にとって暮らしやすい場所だった市川 https://life-livelihood.blogspot.com/2020/01/5000.html そして、「これに違いない!」という...