オリンピック市川店跡地はどうなるのだろうか、ド素人が大胆予測
| 2026(令和8)年1月26日撮影 |
国道14号(千葉街道)沿いにあったディスカウントストアのオリンピック市川店が、2026(令和8)年1月18日に閉店しました。
オリンピック市川店が入っていたビルは、地下1階地上5階の道口ビル(市川市市川1-5-17)で、いつ竣工したのかはネット検索しても見つけられませんでした。「市川の都市計画」によると、2026年で建築年数は50~53年になるとのこと。
また、Wikipediaには、道口ビルには市川ショッピングセンターが1971(昭和46)年4月26日に開店したと記載されています。そうであれば、建築年数は55年以上ということになります。
遅くとも、1973(昭和49)年3月1日までには、道口ビルが建っていたということは、以下の表示でわかります。
下の写真(昭和39~40年頃撮影)の赤く四角で囲んだところが、道口ビルが建設された土地だと推測しています。
1977(昭和52)年3月に松坂屋が市川ショッピングセンターを継承して、松坂屋上野店の分店として市川店を開店しました。屋上には遊具が設置されていたようです。
1999(平成11)年8月22日に、松坂屋は閉店。理由は、郊外の大型店との競争激化や消費不況などで業績が低迷し、業績の向上が見込めないことでした。
地元の中学・高校の学生服の取引があるため、松坂屋は市川グランドホテルに市川ギフトショップを開設し、こちらも2008(平成20)年に閉店しています。
道口ビルには2000(平成12)年3月1日にオリンピック市川店が開店。
オリンピックは、1962(昭和35)年創業で、東京都立川市に1号店を出店。1973(昭和48)年に(株)オリンピックショッピングセンターを設立します。
道口ビルの地階には、TSUTAYA市川オリンピック店があり、2022(令和4)年3月7日に閉店。公式Twitter(現在のX)に「皆様からの応援に支えられ、約20年間にわたり共に歩んで参りました」と投稿されていたため、店名からも、オリンピック市川店のオープンと同時期にTSUTAYA市川オリンピック店は開店したと推測します。
TSUTAYA市川オリンピック店が閉店した後、地階にはテナントが入っていませんでした。
オリンピック市川店は約26年続いたということになりますが、道口ビルは、今後、どうなるのでしょうか。
あくまでも素人考えで、1981(昭和56)年6月1日よりも前に建築確認を受けた「旧耐震基準」に該当することから、建て替えられるのが有力ではないかと。その場合、オフィスビルかマンションになるように思われます。
理由として、JR市川駅の南側の再開発地域であるリーフシティ市川に商業施設ができること、また、かつて真間銀座通りにあったスーパー(名前を忘れてしまった……)がマンションに建て替えられたことなどが挙げられます。道口ビルの斜め向かいで国道14号沿いに、現在、分譲マンションのプラウド市川一丁目フロント(2027年1月竣工予定)が建設中です。
ちなみにプラウド市川一丁目フロントを建設する前は湯浅本店ビルで、1971(昭和46)年竣工の8階建てのビルでした。1階に入っていた株式会社三菱UFJ銀行 市川駅前支店は八幡支店に統合されて、現在、JR市川駅周辺に支店はなくATMコーナーのみです。
駅の北側の商業施設は、これまでも、これからも少しずつ減っていくという印象。
JR市川駅の周辺は、1885(明治18)年に、国府台に陸軍教導団などの陸軍施設が設置されたことから、陸軍を中心に町が変化していきました。早い時期からたくさんの商店があったことが、1928年(昭和3年)に松井天山が発表した「千葉縣市川町鳥瞰」からもわかります(ちなみに駅の南側の多くが荒れ地……)。
古くから無計画に発展してきたこともあって、JR市川駅北側には面積の狭いビルが多く、やや雑多な印象を受けます。
現在の商店街については飲食店が多く、時計店や書店などは閉店していきました。JR市川駅周辺に限った話ではありませんが、時代とともに商店の多様性は失われていくようです。
■主な参考資料
ウチノカチ
Wikipedia
市川の都市計画
※本資料は2019(平成31)年1月1日時点の内容です
オリンピック沿革
オリンピック市川店/道口ビル千葉県市川市(市川駅北口)松坂屋ストア→松坂屋の居抜き。出入り口の列柱(?)の意匠や劣化した塔屋に痕跡が見られる。売り場フロアはB1-5Fの構成で、B1FにはかつてTSUTAYAが入居していたが近年閉店。B1, 5Fは現在閉鎖。RFには松坂屋時代に遊具が設置されていた。

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