【インタビュー】家と人を生かした結果として、今の形ができてきた  ~「アトリエ*ローゼンホルツ」店主 佐藤真里さん~

 迷路のような、市川真間の住宅街に、ひっそりと建つ古い屋敷。
 もともとは銭湯で、物置と化していた建物を片付けたことから人と物との縁がつながり始め、気が付けば「アトリエ*ローゼンホルツ」は古本屋カフェとして8年もの月日が流れていました。
「アトリエ*ローゼンホルツ」の店主の佐藤真里さん


自宅介護と改修が
同時に始まった

 「偶然の成り行きで、私が好きでやっている場所なんですよ」と笑うのは、古本屋カフェ「アトリエ*ローゼンホルツ」の店主の佐藤真里さん。以前は美術関係の会社で働いていて、カフェなどの飲食業にまったく興味がなかったそうです。
 最初の出産は21年前。これを機に退社した佐藤さんは「1日が育児でいっぱいで、目の前のことに夢中でした」と振り返ります。子育てがこれほど楽しいものとは思っていなかったとのこと。
 それから7年後、2人目のお子さんが3歳になったときに、小脳梗塞で養老病棟に入院していた義理のお父さんを自宅で介護すると決めたのでした。
 小脳梗塞とは、運動を調節する小脳の血管が詰まって、体がスムーズに動かせなくなったり、ろれつが回らなくなったり、体のバランスが取れなくなったりする病気です。
 「養老病棟に移ったときから、歩けるようにならない限り退院の発想はなく、家族の手がかかるということで養老病棟生活が当たり前になっていました。 
 お見舞いに行ったときに『お父さん、帰りたい?』と尋ねると、『帰りたい』と私にだけそっと告げました。
 その言葉だけを聞き届け、心配する家族を押し切り退院の道をつくりました。
 当時は自宅介護の知識はありませんでしたが、ただ『人として義父をこのままの状態でここで看取る事になったら後悔する』という思いだけありました。
 介護認定は要介護4、介護保険サービスを家族の日常に取り入れていくことの難しさもいろいろ体験しましたが、現在介護12年目になりました」
 まだ子育てに手がかかる時期に、義理のお父さんの自宅介護を始めることした佐藤さん。さらに、自宅の敷地内にあった古い建物を片付ける決心までしてしまったのです。
 「大正12年から昭和50年代まで、夫の祖父母が銭湯をしていた建物でした。祖母が亡くなった後は、物置というよりもゴミ屋敷状態で、古い本や絵、家財道具が散乱していました。
 私たちの普段の生活にはまったく関係のない、開かずの家だったんですけど、ここが片付かなければ私の気持ちが片付かない感じがして……」
 取り壊すか、修繕するかを選択するときに、この建物になにかのエネルギーが残っていると感じ取った佐藤さん。会社員時代にためたお金を使って、床などの改修工事を行うことにしたのでした。
 何度も繰り返される修繕工事を経た後に、大工さんからは「真里ちゃんが家守だ」と言われたのだそうです。
散乱していた絵も、今は美しく飾られている

 生まれ変わった建物は、ママ友の依頼に応じてけいこ事に貸されたり、集まりに使われたりしたとのこと。当時開催していたアロマのレッスンでローズウッドのエッセンスが人気だったことから、ローズウッドのドイツ語訳である「ローゼンホルツ」という名前がこの場所につけられました。

スタートは
お手紙カフェ

 体力も時間も目一杯に使って活動していた佐藤さんですが、40歳のときにバセドウ病(甲状腺ホルモンが過剰に作られるため新陳代謝が盛んになり、多汗やだるさなどが現れる病気)にかかってしまいます。活動はすべてストップして、治療しながら自宅で安静に過ごす生活に入りました。そして、バセドウ病を発症したときに習っていたハワイの伝統工芸である「リボンレイ」を作り始めたのです。
 佐藤さんの作るリボンレイが、近所に住む友達の目に留まり、彼女が開催しているフリーマーケットに出品することになりました。フリーマーケットを終えた後、一緒に出品したカード作家や消しゴムハンコ作家、クッキーを焼いている女性たちがローゼンホルツに立ち寄って、「ここ、私は好きだわ」「なにかできそう!」と感想を口にしました。
 それを聞いた佐藤さんが、「このメンバーだったら『お手紙カフェ』ができるね」と提案。佐藤さんの夫が焙煎から行うコーヒーとクッキー、そしてカードと消しゴムハンコで、1カ月に1回のお手紙カフェが始まったのでした。2008年6月のことです。
 お手紙カフェの作家のブログを見た人が、はるばる遠方からローゼンホルツに足を運ぶようになりました。こうして評判になると、飲食店として保健所の許可を取ったほうがいいのではないかという意見が出始めたのです。
 その声を受けて、佐藤さんはローゼンホルツを改装。2010年6月に保健所からの許可が下りて、古本屋カフェのアトリエ*ローゼンホルツがスタートすることになったのでした。
 アトリエ*ローゼンホルツに並んでいる商品の一部は、物置だった頃にほったらかしになっていた古本やレコード。そのほか、佐藤さんが好きで買い集めた雑貨なども並んでいます。
サマーフェスティバル(後述)でも古レコードが並んだ

 こうした珍しいもの目当てに1日中ここで過ごすお客さんも出てきたので、韓国人の友人から教わった韓国家庭料理をランチメニューとして提供することになったそうです。「カフェをやりたいなんて、一度も思ったことがないんですよ。ただ、料理を出すのなら、ここでしか食べられないものにしようとソルロンタンと玄米を選びました」と佐藤さん。ソルロンタンとは、牛の骨を長時間コトコトと煮込んで作る、韓国の代表的なスープ料理です。
ティータイムには韓国のお茶が楽しめる


「好きなこと以外やったら
意味がない」

 佐藤さんのお話を伺っていると、訪れてくる人から求められたことに佐藤さんがこたえていく形で、アトリエ*ローゼンホルツは今まで続いてきたのだとわかります。
 「ただ、誰でも、なんでもというわけじゃありません。『こうしたらもっと利益が出るよ』というアドバイスもたくさんいただいたんですけど、本来自分の中にないことに手をつけるより、今気づける好きなこと、必要とされることでアトリエを満たしていくほうがいい……。
 最近、『私は一升枡。二升は入らないの』って話しています」
 そんなアトリエ*ローゼンホルツの建物は、大正時代に建てられたもの。当然、老朽化が進んでいます。
 「3~4年前は雨漏りで屋根を修繕しましたし、保健所から飲食店の許可を取るときには手洗い場を増やしました。トータルで、小さな家が建っちゃうぐらいの工事費がかかっています。工事のたびに『こんなことを本当にしてもいいのか?』と自問自答しながら、苦しんだこともありました」
 悩む佐藤さんに、ご家族は「好きなことができる場所なんだから、好きなこと以外やったら、意味がない」といつもお話しになるそうです。「突き放されているのか、励まされているのか」と笑う佐藤さん。この家の寿命に合わせてやっていこうと決めました。
 アトリエ*ローゼンホルツでは、2018年の8月にサマーフェスタが開催されました。その3年前、「あそ美」(須和田の丘支援学校の在・卒業生で始まったアートグループ)の作品展示をさせてほしいという話が佐藤さんのもとに来たのだそうです。こうして家とアートとのコラボ「Art in House」が始まったのでした。

2017年の「Art in House」の模様

 「毎年12月に、カラフルなあそ美さんの作品が古家に展示されます。この活動の輪を広め、仲間を増やすために2018年に隔月であそ美ワークショップを開催しました」
 そして8月はワークショップを兼ねたサマーフェスティバルとして、アトリエ*ローゼンホルツのお客さんや、知り合いの知り合いがコラボする形で、フリーマーケットも行われました。当日は暑さとたくさんの人の熱気でムンムン!
 こうしたイベントを、次は桜の季節に予定しているのだそうです。
 「『よかったらどうぞ』と家におあげしたことから始まったアトリエ*ローゼンホルツ時間。自然に家と訪れた人、何かやりたい人を生かし合える形になり、古本屋カフェという形としてこれからも続いていきます」

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