市川駅南エリアに1986年にガス田があったことを知っていましたか問題


出典:20万分の1地質図幅 ©産業技術総合研究所地質調査総合センター


 地質図(20万分の1地質図幅)を眺めていたら、驚きました。市川駅南エリアに、1986(昭和61)年にガス田(でん)があったと示されていたからです。

 ガス田(gas field)とは、天然ガスを埋蔵する鉱床のある地域や産出する地域です。「天然ガスを産出する」というと、気体のガスが地面から吹き出している印象を抱きますが、実際には鹹水(かんすい)という太古の海水に溶け込んでいます。鹹水には、通常の海水の2000倍ものヨウ素も含まれています。
 ガス井(せい)とは、天然ガスを採取するために、ガス田に掘られた井戸です。深さは500mから2000mほどで、地下水をくみ上げる井戸よりも地中奥深くまで掘られています。

 調べたところ、千葉県を中心に南関東ガス田が広がっていました。
 千葉県で天然ガスが発見されたのは明治中期で、1907(明治40)年以降は茂原でガス井が掘られました。天然ガスは風呂や炊事、暖房、照明に使われていたとのこと。


 市川市内でも、遅くとも1937(昭和12)年には天然ガスを採取が始まっていました。その年の天然ガス生産高は、78万4096m²でした。1956(昭和31)・1957(昭和32)年には、市川南にガス井が作られます。その後、高谷新町や二俣新町にもガス井が作られました。
1969(昭和44)年の時点での市川南のガス井(出典:南関東地域における天然ガスかん水の揚水と地盤沈下について : 特に千葉県葛南地域のガス田について)


 1969(昭和44)年の揚水量は、船橋市・ 市川市・習志野市の合計で1400万m²に上り、ピークを迎えました。
 しかし、その影響で、市川市内では高谷新町で地盤沈下が発生しました。
 千葉県は1970(昭和45)年6月に天然ガス採取の自主規制を企業などに要請し、 1972(昭和47)年3月31日に揚水の全面停止で、船橋市・市川市のガス井が廃止されました。

 となると、地質図にあるガス田の表示が謎になります。1986(昭和61)年にガス田自体は広範囲に存在したものの、市川市内にガス井はなかったはずだからです。
 謎は解消されませんが、市川市の地中奥深くに太古の海水が流れていて、古生物からガスが発生しているのは、なかなかのロマンだと思いませんか。


■主な参考資料
下総台地西部の地盤環境

付編 『千葉県における天然ガスの開発と生産の経緯』
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