津田沼緑地をどうして財務省が所有しているのか問題
習志野市にある公共施設なんだから、土地も建物も習志野市が所有しているんだよね。
このように思い込んでいませんか。クラナリはシンプルにそう思っていました。
しかし実際は、けっこう複雑なようです。
クラナリは市川市民ではありますが、津田沼駅南口地区の再開発について調べていました。すると、再開発地区について、現在、次のような状況とのこと(津田沼駅南口地区に係る都市計画に関する説明会より)。
土地の所有者
駅前広場→習志野市
津田沼緑地→財務省(関東財務局千葉財務事務所、習志野市が借受け公園として管理)
モリシア津田沼→三井住友信託銀行株式会社(野村不動産株式会社が信託受益権を保有)
習志野文化ホール→習志野市が借地権を保有
本市は当該地に土地を所有しておらず、約 300 ㎡の借地権と約 2,100 ㎡の使用借権を持ち、建物においては約 7,000 ㎡の区分所有権を有しています。現時点(令和 3 年 7 月現在)における区分所有権者は、本市を含め 2 者のみ、本市の所有面積は全体の約 7%となっています。
習志野文化ホールの土地を習志野市が所有しておらず、建物の所有面積も7%。この点で驚いたのですが、もう一つ、近隣の土地「津田沼緑地」が国有という点でもびっくり。
津田沼緑地はどこなのかと検索したところ、的外れなデータしかヒットせず……。AIもウソばっか……。
津田沼駅南口地区に係る都市計画に関する説明会の地図だと、駅前広場とモリシア津田沼の間ということになります。
まずは、津田沼駅南口地区の歴史をたどってみました。
明治から大正にかけて、軍備拡張のために市川・習志野・千葉・四街道にかけて軍事施設が整備されました。
1871(明治4)年、市川市の国府台に下士官を養成する機関である陸軍教導団ができました。ここに、歩兵・騎兵・工兵が集結しました。
1899(明治32)年に教導団は廃止され、野砲兵連隊(野戦重砲兵第一連隊・野戦重砲兵第七連隊・野戦重砲兵第三旅団司令部・騎砲兵大隊)が移転してきました。
習志野市には、1899(明治32)年に騎兵第十三、十四連隊、それから騎兵旅団司令部や第十五、十六騎兵連隊などが置かれました。
1906(明治39)年1月には、津田沼駅の周辺に鉄道部隊の派遣隊が配置されました。
ちなみに、津田沼という地名のルーツは、1889(明治22)年に谷津・久々田・鷺沼・藤崎・大久保新田の5村が合併した際に、名前を津田沼村としたことにあります。
太平洋戦争の後、鉄道第二連隊の敷地の一部(本部があったところ)に、1950(昭和25)年に千葉工業大学が移転してきました。
千葉工業大学については、1942(昭和17)年に東京都町田市に興亞工業大學という名前で設立されて、1946(昭和21)年に千葉県君津市へ移転した際に千葉工業大学と改称しています。
※習志野市のサイト、そしてデジタルアーカイブは、素晴らしいですね!
上記の詳細は、以下の習志野市のサイトを参照してください。
ここからようやく「津田沼緑地」に話題になります。
軍の施設があったということで、長らく津田沼駅周辺は国有地だったということになるでしょう。
市川市の国府台では、陸軍のあった土地は大学や軍人などに払い下げられました。津田沼駅周辺も同様だったのでしょうが、一部が津田沼緑地として国が所有し続けたと考えられます。ちなみに市川には国府台緑地があるのですが、所有者は市川市のように見受けられました(データがヒットせず……)。
再び、津田沼駅南口地区の土地・建物の所有者を確認しましょう。
土地の所有者
駅前広場→習志野市
津田沼緑地→財務省(関東財務局千葉財務事務所、習志野市が借受け公園として管理)
モリシア津田沼→三井住友信託銀行株式会社(野村不動産株式会社が信託受益権を保有)
習志野文化ホール→習志野市が借地権(建物を建てるために他人から土地を借りる権利)を保有
建物の所有者
モリシア津田沼→三井住友信託銀行株式会社(野村不動産株式会社が信託受益権を保有)
習志野文化ホール→習志野市の区分所有
土地の所有だけをみると、以下のとおりになりそうです。
![]() |
| 国土地理院地図より、一部改変 |
聞き慣れない「信託受益権」ですが、まず「信託」とは、財産権を移転する法形式をとって、財産の管理・運用・処分を他人に任せること(信託法1条)。
土地建物の所有権が信託財産になるときの流れ
①委託者と受託者(信託会杜)の間で信託契約が締結される②委託者が受託者(信託会社)に土地建物の所有権を移転する③委託者が信託受益権を取得する④受託者(信託会社)が土地建物の管理・運用・処分を行って土地建物から生ずる収益を、受益者に分配(同法4条、7条)
不動産の所有者が、信託契約により、自ら受益者として信託受益権を取得することを「不動産の信託受益権化」というそうです。
信託受益権は有価証券の一つで、不動産や金銭債権に比べて、流通・取引しやすい資産になるとのこと。
モリシア津田沼の土地・建物については、野村不動産と三井住友信託銀行株式会社の間で契約が結ばれて、所有権は三井住友信託銀行株式会社に移っています。そして信託受益権は野村不動産が持っています。
権利の外観=所有権→三井住友信託銀行株式会社
権利の内実=信託受益権→野村不動産
素人には、何が何だかという状況です。
現状は上記のとおりですが、再開発後にはどうなるのでしょうか。
2023(令和5)年12月3日の時点では、次のような説明が行われています。
土地の所有者は、駅前広場:市、複合施設棟(商業施設・文化ホールなど)については、現時点では財務省・市・野村不動産株式会社の三者になると想定しています。
「想定」ということなので、決まっていなかったのでしょうね。
■主な参考資料
習志野市公式サイト
千葉市地域情報デジタルアーカイブ
《第一次世界大戦で活躍しつつも…》千葉・津田沼の「鉄道専門部隊」の兵士が抱いていた仕事へのジレンマとは?
本日の内容 千葉工業大学 沿革 - (1) 大学紹介 (2) キャンパス ...
http://koteishisan.com/activity/shiryo/126.pdf
津田沼駅南口地区に係る都市計画に関する説明会
鉄道連隊の歴史
資産流動化の信託
「信託」を使って「資産流動化」させる=「資産流動化の信託」「資産流動化」とは、流動性の低い(=取引・流通しにくい)資産を有価証券という(=取引・流通しやすい)資産に形を変えて流動性を高めることを指しますが、この「資産を有価証券に形を変える」ために、信託が利用されています。資産を信託すると、その資産から生じる収益などを受け取る人(=受益者)には、信託受益権が付与されますが、この信託受益権は有価証券の1つであり、不動産や金銭債権に比べて、流通・取引しやすい資産になります。




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