2025年初詣企画 市川の「勝手にパワースポット」アクセスランキング 1~5位 発表!
2017年から、『クラナリ』編集人が市川市内のパワースポットに足を運んでレポートしてきた「勝手にパワースポット」シリーズ。
今回も、アクセス数の多かった上位5位をランキング形式で紹介しますが、意外な結果が出てびっくりしています。
なお、パワースポットということで寺社ではない「石」もランクインしています。
アクセス数5位 北方子之神社
〒272-0815 千葉県市川市北方3-17-23
「子之神社」と書いて「ねのじんじゃ」と読みます。
勝手にパワースポットその16 北方子之神社
https://life-livelihood.blogspot.com/2019/04/16.html
アクセス数3位 手児奈霊神堂の池
手児奈霊神堂
千葉県市川市真間4-5-21
アクセス数2位 江戸川河川敷から望む富士山
アクセス数1位 里見公園の夜泣き石
千葉県市川市国府台3-9
夜泣き石の由来は、1564年の第二次国府台合戦にあります。安房里見氏の第6代当主の里見義弘が、山内上杉家16代当主の上杉謙信から後北条氏攻めに呼応したことがきっかけで起こりました。
里見義弘が出陣して国府台城に入ります。北条氏綱の子どもである北条氏康(うじやす)は江戸城から出陣して太日川を矢切付近で渡ると、里見軍の反撃に遭います。北条氏康の軍は退却したと見せかけて、翌日未明に江戸川を渡って国府台城の里見軍を夜襲します。里見軍は5000以上の死傷者を出して、里見義弘は安房に逃れました。
後北条軍は、敗走する里見軍を追撃し、里見義弘の本拠である久留里城近くまで攻め込みます。しかし、上杉謙信が動く気配を見せたため、小田原に引き上げました。
夜泣き石の言い伝えには、事実に即していない点が多く、こうしたことをまとめたのが、以下の記事です。
YouTubeなどでは、弘法寺の石段の涙石と一緒に怪奇スポットとして紹介されていることもあります。ただ、涙石は乾いていることもあるし、夜泣き石もまた違う見方ができるのではないかと思います。
※市川みらいアーカイブに、パワースポットマップをアップしました。


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