『「子供を殺してください」という親たち』になってしまうのを回避する

 

 2011(平成23)年では、日本の殺人事件の52.2%が親族による殺人というデータが見つかりました。

昭和54年以降の殺人について,被疑者と被害者の関係別の検挙件数並びに親族率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族である事件の比率)及び面識率(検挙件数に占める被害者が被疑者の親族又は親族以外の面識者である事件の比率)の推移を見たものである。昭和54年から平成15年までは,ほとんどの年で親族以外の面識者に対する事件が親族に対する事件よりも多かったが,16年以降は逆転し,親族に対する事件が最も多くなっている。

親族率は,平成16年から上昇傾向にある(23年は52.2%)。面識率は,昭和54年以降のほとんどの年で80%台後半であり,おおむね横ばいで,非常に高い水準で推移している。逆に言えば,検挙件数に占める面識のない相手に対する殺人事件の比率は10%強と低い水準である。 

 親族による殺人について書かれた『近親殺人 そばにいたから』(新潮社)。著者である石井光太さんは、本のPRのページで以下のように述べています。

(親族による殺人の割合が増えている)その背景には、老老介護、経済格差、8050問題、精神疾患治療等の問題があり、コロナ禍や超超高齢化の時代において、それはさらに顕著なものになると考えられています。

「まじ消えてほしいわ」とLINEでやり取りしながら同居していた病弱の母親を放置した姉妹、締め殺した引きこもりの息子の死顔を三十分見つめていたという父親、ATMでお金をおろせなくなり死ぬしかないと思い詰め心中したタクシー運転手と老母、「殺さなければ殺される」とばかりに追い込まれて鬱病の姉にとどめを刺した家族、真面目さがあだとなって寝たきりの夫を殺した元看護師、「夫の愛情を独占するのが許せない」と幼い実子を高層階から投げ落とした若い母、そして、異母きょうだいを殺した母親との関係に苦しむ、加害者でもあり被害者でもある娘の慟哭――。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000212.000047877.html


 最近でも、ほぼ寝たきりの夫と、重度の身体障害があり寝たきり状態の息子を、介護していた65歳の妻が、自宅に火を放って2人を殺してしまったという事件が報じられました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/655dd4c7744638e1f9acfe74a0f3b7796132c6e2

 家族に追い詰められて、家族を殺してしまうという現実。

 その背景には、主に次の4つがあると、インタビュー中で押川 剛さんは指摘していました。押川 剛さんは『「子供を殺してください」という親たち』の著者です。

○「家族のことは家族で、自分のことは自分で」という自己責任論
○自主性・多様性を重んじる風潮があるにもかかわらず、低いコミュニケーション能力
○自分の子どものつまずきや精神疾患など、都合の悪いことで、責任を取りたがらない親
○精神病質への対応に遅れている日本の精神医療

 そして「人間は壊れるもの、心が壊れることもある」という前提で、壊れる兆候が見られたらすぐに「では、どうしたらいいのか?」を考えられるようにしておくことも大事なようです。

https://www.hitachi-zaidan.org/mirai/02/dialogue/01.html


 日本は、経済的には「成熟社会」と呼ばれています。成長段階は終わってしまい、今後は、急速に進む少子高齢化などに対応していかなければならない段階。

 ところが、家庭や社会を見ると、成熟しているどころか、高度成長時代の古い価値観の焼き直しで人間関係をとらえている傾向が強いと思われます。

 例えば「港区女子」。

港区女子とは、夜な夜な東京都港区の高級歓楽街に集まり、お金持ちの男性と高級レストランや有名クラブ、豪華なホームパーティなどへ足を運び、その光景をインスタグラムなどのSNSから発信している、意識の高いセレブのような女性たちのことを指すことが多いようです。

https://fashionbox.tkj.jp/archives/1299681

 比較的新しい言葉である「港区女子」ですが、古い価値観の持ち主。金持ち・贅沢・有名=勝ち組と思い込み、向上心は非常に強く、大いに見栄を張って、玉の輿を狙っています。

 男性受けのよい外見を目指し、ハイブランドの物を身に着けるという、見た目も中身も画一的な港区女子。「多様性」の真逆です。

 一方で、そんな港区女子を好む男性が一定数いるというのも現実でしょう。

 これは港区女子周辺に限った話ではありません。

 子どもにたくさんの習い事をさせて、教育内容など中身はわからないけれど偏差値は高い学校を目指させる親たち。
 そして良妻賢母を目指す母親、求める父親もまた、古い価値観の持ち主です。

 結局のところ、今を生きる私たちの価値観は相変わらず古臭く、知らぬ間に、絶えず"上"を目指し、金・権力・名誉を追い求めるのです。

 「向上心が非常に強い」というと響きはいいのですが、裏返せば、自分や家族のドロップアウトを認められないということ。
 都合のよくないことは、臭い物に蓋をするように隠そうとするし、「自分は悪くない」と必死に自己正当化します。さらには「私のほうが傷ついている」などと、プロ被害者のように振る舞います。

 こうした家庭の中で、子どもの精神が病み、パーソナリティ障害などの精神疾患が悪化して引きこもりや暴力などがエスカレートした結果が、「親族による殺人が52.2%」という現実を生み出しているのでしょう。

 『「子供を殺してください」という親たち』はマンガもあります。こうした親たちの表情などは、文章だけでイメージするのも大変なので、マンガはお勧めです。ただ、読後感が微妙で、精神状態の安定しているときに読んだほうがよいと思われます。

 そして、こうした作品で紹介されている親の姿を反面教師にするのが、『「子供を殺してください」という親たち』になってしまうのを回避する手段ではないでしょうか。やはり、知らなければ、そして学ばなければ、一歩は踏み出せないのです。

 親なのだから、子どもの現実から逃げてはいけませんね。トライアンドエラーの繰り返しです。


※以下は押川 剛さんのインタビュー中の発言の抜粋。
https://www.hitachi-zaidan.org/mirai/02/dialogue/01.html

「家族のことは家族で、自分のことは自分で」ということですよね。これを私は「自己責任」として分かりやすく言ってきたんですが、家族間にいろいろな闇があるとか、殺傷などの家族間事件が起こるというのは、国や社会のあり方に責任があるというよりはむしろ、個人の「自主性」を最高に重んじた結果だと私は思っています。

私の意見ですが、個人の自主性に重きを置く現代社会に一人ひとりがついて行けるほど国民は成長・成熟しているのかというと、私は疑問です。

個人の尊重や多様性が叫ばれる分、高いコミュニケーション能力も要求されますから、その変化についてこられない人々が職場で精神疾患を発症し、家庭内では不登校やひきこもりという状態になってしまっています。要は、変化に対応できる人をつくる教育をしてこなかったということです。

日本は、最高ランクの大学に入ることや、安定した職業に就くことが目標になり得ても、生涯にわたってチャレンジする、トライアンドエラーを繰り返して成長していく、自分の能力を地域や社会に還元するという概念はあまりないように思います。

家族は「恥」だと思ってできるだけ隠しますから、私のように問題解決のために家庭に入るか、事件になってから入った警察しか見ていないんです。

親が子どもに及ぼす影響について言及すると「精神疾患と家庭環境は関係ない。親の責任にするな」という意見が非常に根強く、批判を受けることが多いですが、最近の脳の研究では、幼少期の不適切な養育が大人になってからの不良行為や精神疾患、薬物、アルコール依存につながることが明らかになってきています。例えば「子どもの脳を傷付ける親たち」という本で友田明美先生もお書きになっていますが、こうした科学的根拠の基に出されている本に関しても、受け入れたがらない親がかなりいます。

「人間は壊れるもの、心が壊れることもある」ということを最初から認める、受け入れることも非常に大事です。

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