どうして全財産も人生も差し出してしまうのか  『マインド・コントロールの恐怖』

マインド・コントロールは
誰にも知られないまま続けられる


 オウム真理教は、1995(平成7)年3月20日に地下鉄サリン事件を引き起こしました。事件当時の信者数は、1万1400人と法務省が発表しています。

 地下鉄サリン事件のほか、坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件、そして多数の拉致事件などをオウム真理教は起こしてきました。
 実行犯は信者です。またサリンの開発費用も、信者のお布施です。信者の中には、共同生活を行いながらアルバイトに出かけるなど、無償の労働力としてこき使われる人もいました。
 信者は全財産も人生も、オウム真理教に差し出してしまったのです。
 こうした現象の背景として、マインド・コントロールが指摘されてきました。

 マインド・コントロールは、依存心と他者(個人の場合もあれば集団の場合もある)への順応を助長します。自分では善悪の判断もできなくなるため、全財産や人生を差し出すのです。「福岡篠栗5歳児餓死事件」と「埼玉本庄5歳児虐待死事件」では、マインド・コントロールの影響が指摘されています。

〇5歳児餓死事件~過去のマインドコントロール事件との“共通項”

〇《本庄5歳児虐待死》シングルマザーを操り、内縁夫をけしかけ、自ら幼児の顔面に蹴り…虐待を煽る「魔女」石井陽子がこだわった「相撲」と「樽監禁」

 大きな事件が起こらなければ、誰にも知られないまま、マインド・コントロールが続けられている可能性が高いといえます。

マインド・コントロールの被害者は自分が被害に遭っていると感じていない場合や否認する場合が多く,医療の対象となることは少ないと考えられる。なお CINIIにて日本の精神科医療に関連する研究雑誌を「マインド・コントロール」「洗脳」のキーワードで検索しても,症例研究は見当たらない。

 上記を引用した文章には、同僚の説教(というより、難癖と言葉の暴力)と身体的暴力で支配された女性が、同僚にお金を渡し続け、やけどやケガがきっかけで医療保護入院になったケースが紹介されています。タイトルのとおり「犯罪被害」ですが、被害者の女性は傷害を受けているにもかかわらず、それが自覚できていませんでした。

「目的は手段を正当化する」
冷戦の遺物の一種

 「マインド・コントロール」という言葉は、いつ、誰が使い始めたのかはわかっていません。心理学では、心理操作(Psychological Manipulation)という言葉が使われているそうです。
 マインド・コントロールとの関連性が深いとされるのが、上記引用にもあった「洗脳(brainwashing)」です。1951年にアメリカのジャーナリストのエドワード・ハンターが出版した“Brain-washing in Red China”で、洗脳が知られるようになりました。朝鮮戦争で捕虜になったアメリカの兵士たちが、彼らの価値観と忠誠の対象を逆転させ、彼らが犯した架空の戦争犯罪を信じるようになった現象を説明するために、兵士たちに洗脳が行われていると発表しました。

 また、アメリカの精神科医であるロバート・J・リフトンは「思想改造のプログラムの8つの基準」を指摘していました。

■8つの基準

1 環境コントロール 環境とコミュニケーションをコントロールする
2 神秘的操作 「降臨した!」といった霊的な体験をするように人為的に操作する
3 言語の詰め込み 口にする言葉を管理し、制限する
4 教義の優先 実際に体験したことよりも「真理」を重要と考えさせる
5 聖なる科学 自分たちの教義は科学的であり、道徳的にも真理であるとして、他の見解を持つことは許さない
6 告白の儀式 プライバシーはなく、思想・感情・行動はすべて告白するように要求される
7 純粋性の要求 どんな人間でも達成できないような基準を掲げて、罪と恥の意識をかきたてる(自らを罰するように仕向ける)
8 存在の配分 存在する権利を持つ人と持たない人を決めるのは個人ではなく団体(グループ)である

 第二次世界大戦後の冷戦で、各国の情報機関が、洗脳やマインド・コントロールの研究・開発に積極的に携わってきました。「敵陣営に勝つためには、人間の心を操作して自由を奪うのも仕方のないことだ」と正当化されたのでしょう。戦争では、他人の命をたくさん奪うと称賛されるものです。
 統一教会(現在の名称は、世界平和統一家庭連合)の拡大にも、冷戦が関係していました。『マインド・コントロールの恐怖』(恒友出版)は、統一教会系のカルト集団の一員だったものの、抜け出したスティーヴン・ハッサンの著書です。アメリカでは1988年に、日本では1993年に発行されています。

 各国の情報機関が研究・開発した洗脳やマインド・コントロールのテクニックが、オウム真理教だけでなく、さまざまな場面で利用されている可能性があります。
 オウム真理教代表だった麻原彰晃(本名 松本智津夫)たちが、マインド・コントロールについて学習したのかどうかはわかりません。ただ、マインド・コントロールが行われている様子を見聞きしたり、子ども時代の体験を通して知ったりすることは十分にあり得ると思います。

不安・孤独を募らせやすい今
コントロールされないために

 今の日本に蔓延するのは、経済的不安や社会不安です。少子高齢化が急速に進み、経済状況は右肩下がりと報じられる中、多くの人が将来に希望を持てずにいます。
 そんな中、「こんな世の中でも、あなただけは救われる方法がありますよ」が売り文句のビジネスが人気です。
 「自分だけが生き残る」ことを考え始めると、孤独になります。周りを出し抜かなければならないし、周りを信頼できなくなるからです。

 孤独と不安を忘れるためでしょうか、最近ではホストやライバーに多額に貢いでしまったり、推し活でお金を使い過ぎてしまったりする事例が報告されています。なかには重大事件に発展したケースもあります。

 皮肉なことにリフトンの「思想改造のプログラムの8つの基準」の「1 環境コントロール 環境とコミュニケーションをコントロールする」を、自ら作り出し、進んでマインド・コントロールを受けているように見えなくもありません。
 
 参考資料などをもとに、マインド・コントロールの手口と対策をまとめておきます。

手口

○積極的にアプローチしてくる(勧誘など)
○貸しを作りたがる
○ターゲットを、その家族や友人などから孤立させる
○因縁をつける
○家族内や仲間同士を傷つけさせる

勧誘者の共通点

○「だまされたくない」「真実を知りたい」「賢くて豊かな人生を送りたい」と願って努力していることを、やたらアピールする
○「あなたのことを〇〇って呼ぶから」など、やたら愛称をつけたがる
○「日本が危ない」「将来、生活できない」「サラリーマンはやばい」と不安をあおる
○「自分らしく生きることでお金が稼げる」「やりたいことをやれば成功する」「失敗を恐れてはいけない」「成長しよう」と、やっぱりあおる
○生活に困窮していたり、シングルマザーだったり、不登校児を抱えている家庭だったり、厳しい状況の人をかぎ分けて勧誘する
○家族や友人などプライベートの部分までネタとしてさらけ出している
○ときどきアートっぽいこと(演奏、歌唱、絵本制作など)をしたがる
○セミナーなどでは「不幸な過去→脱却→現在の成功と幸せ」といったシンデレラストーリーが定番
○他者の「理解できない」という意見に対し、「まだこちらの世界を知らないからだ」「それが今のあなたの限界」「理解できない人のほうが遅れている」と対応する

対策

○自分に対して積極的な人物については、周辺情報を集める
○借りを作らない
○家族や友人との関係を保ち続ける
○論理力、あるいは曖昧力を磨く
 相手はなにかと関係性を持とうします。それには、冷静な論理力で対抗するか、煙に巻くように曖昧にぼかして逃げていくか、2つの選択肢があります。ただ、一般的に冷静さを保つのは難しいので、逃げるほうがよさそうです。
○家(事務所や道場を含む)に行かない、家に入れない

 
■主な参考資料
マインド・コントロールとは何か  『マインド・コントロールの恐怖』

マインド・コントロールとカルト集団

ブラック企業とマインド・コントロール

■主な参考資料
別添1・オウム真理教の信徒数について


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