腎臓を巡る、長く、曲がりくねった物語 その19 生命の源である水をどうやって保つのか(脳→腎臓のバゾプレッシン編)

 人間の体は、およそ60%が水で占められています(成人男性の場合)。細胞の中も外も水で満たされていて、呼吸も水を介して行われています。赤血球なども、ある意味、血漿という水に流されて移動しているのです。

 そして、それぞれの細胞が元気に働いて、人体という水中国家を維持しています。

 水中国家には1本のトンネルが貫いています。このトンネルを通して、外部から栄養などを取り入れて、ゴミを外部に捨てています。

 水中国家の司令塔は、王様。水中国家の平和が保たれるか、滅亡するかは、王様次第なのですが、けっこう気まぐれなのです。

 「今日は腹が立つことがあったから、やけ食いを行うこととする。じゃんじゃん、トンネルから食べ物を入れよ」
 「今日はお気に入りの球団が勝ったから、戦勝会を行うこととする。じゃんじゃん、トンネルから酒を入れよ」
 「ちょっといい気持ちだから、これを続けることとする。邪魔になるから、トンネルから水や食べ物を入れるな」

 王様は、やりたい放題。

 その陰で王妃様は多方面に目配りをすると同時に、各所に指示を出しているのです。
 王様は、意思決定などを担当している司令官。一方、王妃様は、水中国家を維持することを担当している、影の司令官なのです。

 水中国家の王様と王妃様は、人間の体では脳です。

 
 人間の脳は、生物進化の歴史を内臓しているという、「三位一体脳モデル」が1960年代に提唱されました。「三位」とは、爬虫類脳(反射脳)、哺乳類脳(情動脳)、人間脳(理性脳)で、この3つが相互作用で働くことで生命活動が維持されています。

※「三位一体脳モデル」が提唱された頃は、「生物は下等から高等な方向へと進化した」と考えられがちでしたが、現在は違います。この記事では、三位一体脳モデルが直感的にわかりやすいという理由だけで、説明に採用しています。

比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説より


〇爬虫類脳(反射脳)、ワニの脳:脳幹(間脳〈視床と視床下部〉、中脳、橋、延髄)

呼吸や体温、ホルモン分泌といった、生きるための基本的な働きをつかさどる

〇哺乳類脳(情動脳)、ウマの脳:大脳辺縁系

喜怒哀楽などの感情をつかさどる

〇人間脳(理性脳)、ヒトの脳:大脳皮質

五感や、運動、言葉、記憶、思考などをつかさどる

 脳は、人間の体にとっての司令塔です。ただ、生物として生命を維持する上では、不利益な指令もいっぱい出しています。暴飲暴食、運動のし過ぎ、薬物乱用などが、例として挙げられるでしょう。不利益な指令を出しているのが「理性脳」ですが、まあ、理性的とはいい切れませんね。

 不利益な指令を出しながらも、体の状態を監視して、生命を維持しようと努めているのも、脳なのです。生命維持を担当しているのが、「反射脳」と呼ばれている部分です。

 人間の体のおよそ60%が、水。水がなければ、呼吸をはじめ、物質のやり取りが一切できません。そのため、水をキープすることが重要です。

 体内の水の量をモニターする際に使われるのが、血液と脳脊髄液のナトリウムイオン(Na+)。
 そしてモニターしているのは、第3脳室前腹側部の終板脈管器官や脳弓下器官などです。

※脳内にある脳脊髄液が満たされている隙間が脳室で、間脳にある脳室が第三脳室です。
脳室(看護roo!より)


 また、情報伝達(指示)に使われているのが、視床下部で産生され、脳下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモン(ADH)のバゾプレッシン(AVP)。バゾプレッシンは、腎臓の集合管に働きかけて、水の再吸収を促進させます。
 つまり、脳と腎臓との連係プレーで、尿の量を減らすというわけですね。

 体内の水分バランスを維持する働きについては、以下のとおりです。

〇水分の欠乏→体液のナトリウムイオン濃度が上昇→「のどが渇いた!」→水を飲む(飲水行動)
〇水分の欠乏→体液のナトリウムイオン濃度が上昇→抗利尿ホルモンの分泌を促進→尿の出を抑制
水代謝(ナトリウム濃度)異常の考え方より



〇水分過多→体液のナトリウムイオン濃度が低下→抗利尿ホルモンの分泌を抑制→尿の出を促進

 上記が働かなかったら、以下のリスクが出てきます。

〇水分の欠乏→高ナトリウム血症:眠り続ける(嗜眠)、眠っているような状態で反応がない(昏睡)、うわごとを言う(譫妄)、興奮する

〇水分過多→低ナトリウム血症・水中毒:頭痛、吐き気、食欲不振


 水中国家に置き換えると、次のとおりです。
大脳皮質→王様
脳幹→王妃様
腎臓→丞相

 やりたい放題の王様を、王妃様はたしなめつつも、関係各所から情報を集めて、丞相に指示を出している状態ですね。この関係がうまくいっていると、水中国家は平和なのです。

 

■参考資料
水分摂取を抑制する脳内メカニズムを解明

比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説

細胞膜の水の通り道 アクアポリン| 群馬大学 教授 松崎 利行 先生

看護roo!
Powered by Blogger.