初めての東洋医学 ベースとなる考え方
『春秋左氏伝』(『左伝』)とは、『春秋』の「伝」、つまり解説で、春秋時代(紀元前722~紀元前481年)の説話が集められています。
『春秋左氏伝』「昭公元年」の章に、「気」に関する記述がありました。秦の医者である医和が、隣の普に派遣されて、普国の王に次のように語ったとされています。
天有六気、降生五味、發為五色、徵為五聲。淫生六疾。六気曰陰陽風雨晦明也。分為四時、序為五節、過則為菑。陰淫寒疾、陽淫熱疾、風淫末疾、雨淫腹疾、晦淫惑疾、明淫心疾。
天には六気がある。六気が地上に降りてきて五味が生まれ、五声ができた。
そして、六気が多くなり過ぎると六つの病気が生まれる。
六気とは、陰・陽・風・雨・晦・明のことを指している。
六気が分かれて四季ができ、それと一緒に五節ができて、六気が多くなり過ぎると災いを招く。
陰が多くなり過ぎると、寒性の病気が
陽が多くなり過ぎると、熱性の病気が
風が多くなり過ぎると、四肢の病気が
雨が多くなり過ぎると、おなかの病気が
夜の活動が多くなり過ぎる(夜更かしすると)と、心の乱れが
昼の活動が多くなり過ぎると、心労・気疲れが起こる。
この医和の言葉には、以下のような、東洋医学の基本的な考え方が表現されています。
■気一元論
■五行説
■陰陽論
■天人合一
■気一元論
生物も無生物も、あらゆる存在は気から生まれ、気によってつながり、感応し合っているという考え方です。
気とは、流動的で、目に見えない力です。
戦国時代(紀元前403 年〜紀元前221 年)の思想家である荘子も、著書の『荘子(そうじ)』で次のように述べています。
「人の生は気の聚(あつ)まれるなり。聚まれば生、散ずれば死」(知北遊篇)
□気・血・水
生命活動する上で必要な生理的なものとして、気・血・水(津液)があります。気・血・水が過不足なく全身を巡っていれば健康で、そうでなければ病気になります。治療で重要なのは、過不足や滞りを発見して、それを正すことです。
○気
生命エネルギーで、精神の働きや、血と水を動かす力です。
気のバランスが悪くなると、頭のほうに上がっていきます。これが 気の上衝(じょうしょう)です。
また、気が停滞しておなかが張って苦しくなることが 気滞(きたい)です。
○血
西洋医学の血液と同じように、生命活動する上で必要な栄養です。
血行障害を瘀血(おけつ)といって、その部分は黒ずみ、皮膚にもやもやとして細い血管が集まって見えています。
○水
血以外の液体、つまり体液成分です。全身を潤しています。
水分の代謝が円滑ではない状態が、水毒(すいどく)です。咳や痰(痰飲〈たんいん〉)、下痢、軟便、嘔吐、尿量減少あるいは多尿、浮腫(むくみ)、動悸、めまい、耳鳴り、頭痛などの症状を引き起こします。
※「精」は、先天的に備わった「先天の気」と、飲食物の運化によって得られた「後天の気」で、腎にたくわえられている結晶のようなもので、「腎精」とも呼ばれています。
■五行説
人間を含め、自然界にあるすべてのものを5つに分類しています。
すべてのものは「木・火・土・金・水」の5つの要素(五行)でできていて、それぞれがお互いに影響を与え合うことで季節や天候などが変化し、この世界が形作られていると考えられています。
五臓では気などが生み出されたり、ため込まれたりしています。
□五臓
五行説に基づく、体の機能の分類です。
○肝 疏泄
気がスムーズに動くように調節します。肝臓の働きに加え、感情や自律神経と関係し、ストレスによる影響を受けます。
○心 血脈・神〈しん〉
体の働きを統括する司令塔です。心臓の働きに加え、大脳に関わる精神活動(意識、思考、睡眠など)を支えています。
○脾 運化・昇清
飲食物を消化、吸収して得られた「水穀の気」を運びます。消化吸収を通して生命力を補充する働きをつかさどります。栄養を運び、エネルギーを生み出します。
○肺 宣発・粛降
「清気」を取り入れます。呼吸の調節機能のほか、皮膚、免疫機能、水分代謝などとも関わりがあります。体を取り巻くバリアのような働きを担っています。
○腎
水分代謝をコントロールする腎臓の働きに加え、成長・発育・生殖などといった副腎や生殖器の働きも含まれています。
「腎は水を司り五臓六腑すべての精を蔵す」といわれていて、父母から受け継いだ「先天の精」と食物から得た「後天の精」を蓄えています。
□六腑
五臓に対応し、表裏の関係にあると同時に、袋のような役割を果たします。「胆・小腸・胃・大腸・膀胱」と、五臓に対応しない三焦を入れて、六腑とされています。
□経絡
気の通り道で、五臓六腑と全身の各組織をつないでいます。経絡の流れが悪くなると、痛みやしびれといった症状や病気が発生しやすくなります。
十二経脈
肝経 胆経
心経 小腸経
脾経 胃経
肺経 大腸経
腎経 膀胱経
心包経 三焦経
(任脈) (督脈)
■陰陽論
この世界に存在する物も事も、陰と陽の2つに分けられると考えられています。
日常生活の中で「陽気になった」「陰気な人だ」などといいますが、まさにこのニュアンスです。
陽← →陰
能動 受動
天 地
春・夏 秋・冬
昼 夜
日 月
男 女
親 子
動 静
表面 内側
浮上 沈下
剛 柔
軽 重
乾燥 湿潤
気 血・水・精
陰陽は固定されているわけではなく、あらゆるものが陰になったり陽になったり、コロコロと入れ替わって変化します。陰と陽は反発するとともに交わり合っているそうで、なかなか理屈で割り切れません。
要は、陰と思っていたら時間がたつと陽になることもあるということ。ですから、どちらの状態にあるのかを観察することが重要です。
■天人合一
天地つまり大宇宙であり自然界と、人体という小宇宙は、同じ構造であるという考え方です。
□子午流注(しごりゅうちゅう)
自然界の時間の流れに合わせて、人間も養生を行うという考え方です。「十二時辰(じゅうにじしん)」とも呼ばれています。
「子午」は時刻を、「流注」は気の流れを意味しています。
古代中国では、天干(てんかん)と地支(ちし)を、時間と方位を表すために使いました。
天干は10あるので、十干とも呼ばれています。五行の「木」「火」「土」「金」「水」が、陰陽に分かれたもので、「甲」「乙」「丙」「丁」「戊」「己」「庚」「辛」「壬」「癸」です。
地支は12あるので、十二支とも呼ばれています。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥です。
子午流注
○子の刻(23~1時) 胆経の気が充実
○丑の刻(1~3時) 肝経の気が充実
○寅の刻(3時~5時) 肺経の気が充実
○卯の刻(5時~7時) 大腸経の気が充実
○辰の刻(7時~9時) 胃経の気が充実
○巳の刻(9時~11時) 脾経の気が充実
○午の刻(11時~13時)心経の気が充実
○未の刻(13時~15時)小腸経の気が充実
○申の刻(15時~17時)膀胱経の気が充実
○酉の刻(17時~19時)腎経の気が充実
○戌の刻(19時~21時) 心包経の気が充実
○亥の刻(21~23時) 三焦経の気が充実
二十四方表![]() |
Wikipediaより |
■証
体質、症状を示す言葉です。患者さんの証を見極めることが「弁証」、弁証の結果から治療方法を決めることが「論治(ろんじ)」で、2つを合わせて「弁証論治」と呼ばれています。
□証の分類
1 表裏
病位(病気の位置)の分類。
○表証
四つんばいになったときに、日の当たる部位。頭部や外表など、病巣が体の上部や体表面に近い場所にあり、急性。悪寒・発熱・頭痛・関節痛・筋肉痛・クシャミ・鼻水・鼻づまりなどの症状です。
○裏証
四つんばいになったときに、影になる部位。病巣が内臓や口腔など、体の内部にあり、慢性。腹痛・ガス腹などの症状です。
2 熱寒
病性(病気の性状)の分類。陽気と陰液のバランスの崩れから病気の性質を見ます。
○熱証
機能が異常なほど高まって、炎症などを起こす性質。発熱・ほてりがあり、熱がって顔色が赤く、口が乾くなどの症状です。
○寒証
機能が異常なほど弱まって、虚弱の性質。足腰が冷えて痛んだり、冷えで腹痛が起こったり、寒がりで尿のトラブルなどが起こりやすい状態です。
3 実虚
病勢(病気の勢い)についての分類。病邪(病気の原因になる要素)の勢いと体力との比較。
○実証
体力が強いものの、それを上回って病邪が強く、赤ら顔で興奮しやすく、ガッチリ体形で、便秘がちです。
○虚証
体力が弱く、気・血・水が不足し、疲れやすく、やせていて、胃腸が強くありません。
4 三焦
裏証の病位の分類。
○上焦 心、肺
○中焦 脾
○下焦 肝、腎
■病気の原因
1 六淫
熱寒と関係する病因。
○風邪:神経が冒された場合 → 熱寒
○寒邪:低温の侵襲を受けた場合 → 寒
○暑邪:体温が発散しきれない場合 → 熱
○火邪:刺激を受けた場合 → 熱
○湿邪:体内水分が適量に排泄されない場合→ 熱寒
○燥邪:体内における水分不足 → 熱寒
2 四傷
実虚と関係する病因。
○気傷:生気異常
○血傷:血液異常
○痰傷:痰水異常
○欝傷:消化異常
■診断方法
○望診
視覚による診断で、顔色や舌なども見ます。
○聞診
聴覚と嗅覚による診断です。
○問診
病人の症状や病歴、生活習慣などを質問してから診断します。
○切診
触覚によって診断による診断です。手で病人の体を触って診断する「触診」と病人の脈の速さや強さなどによって診断する「脈診」があります。
■参考資料
中国最古の医論
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