日本の下水道の歴史と種類
下水処理場の見学に行ったのは、小学生の頃だったと思います。『クラナリ』編集人には遠い記憶……
そのようなわけで、改めて下水処理について調べてみました。
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国土交通省のサイトより |
下水処理場については、ゴミ焼却施設などと並んで、「迷惑施設」と呼ばれているとのこと。施設を利用している人間が、こんな呼び方をするとは、施設に対しても関係者に対しても失礼な気がします。
迷惑施設めいわくしせつ社会一般としての必要性は認められるが、地域にとっては不都合であるため、建設や維持管理において近隣住民との合意形成のむずかしい施設。嫌悪施設ともいう。英語には意味の近い名称としてnot in my back yard(わが家の裏庭にはお断り)の頭文字を組み合わせた造語NIMBY(ニンビー)がある。
日本の下水道法では「下水処理場」ではなく「終末処理場」という言葉が使われていますが、迷惑施設という観点から、「○○浄化センター」「○○クリーンセンター」「○○水処理センター」という呼び方もされています。市川市の場合は、ゴミ焼却施設が「クリーンセンター」ですね。
なお、『クラナリ』編集人は水道関連はまったくの素人で、市川市民なので市川市絡みで文章を書いています。
下水道の種類
下水道には、流域下水道、公共下水道、都市下水路の3種類があります。
下水道 : 役割 : 設置・管理
○流域下水道 : 2以上の市町村の区域における下水を排除し終末処理場を有する施設 : 都道府県
○公共下水道 : 家庭や工場などの下水を排除・処理する施設 : 市町村
単独公共下水道:下水処理場を有する
流域関連公共下水道:下水処理場がなく、流域下水道に接続する
特定環境保全公共下水道:市街化区域以外の地域に設置される
特定公共下水道:工場や事業場からの排水を処理する
雨水公共下水道:多発する浸水被害への対応として主として市街地における雨水のみを排除する
○都市下水路 : 市街地の雨水を排除して河川などに排水する施設 : 市町村
下水道の歴史
日本では、昔からし尿を農作物の肥料として使い、生活排水は河川や水路に流していました。
しかし、明治に開国し、安い肥料が輸入されるようになると、し尿の利用はだんだん減っていきました。そのため、たまったし尿が大雨などで流れ出し、伝染病が流行するようになりました。
また、横浜や神戸の外国人居留地では、西欧式の下水道が敷設されました。
こうしたことから、日本でも下水道が整備されるようになります。
1871~72(明治4~5)年 外国人居留地で西欧式の近代下水道が敷設
旧・居留地下水渠(神戸市サイトより) |
1877(明治10)年 コレラが大流行(1879年、1886年にも流行)
1884(明治17)年 日本初の近代下水道「神田下水」の建設が開始
神田下水(下水道展’22東京より) |
1890(明治23)年 水道条例が制定(上水道関係)
1900(明治33)年 下水道法が施行
1910(明治43)年 関東大水害で家屋27万戸が浸水
1922(大正11)年 散水ろ床法による日本初の近代的な水再生センター「三河島水再生センター」の運転が開始
旧三河島汚水処分場喞筒場(ポンプじょう)施設(東京都水道局サイトより) |
1923(大正12)年 関東大震災
1930(大正12)年 愛知県名古屋市で日本で初めての活性汚泥法による下水処理が開始
1944(昭和19)年 第二次世界大戦で下水道工事が中断
1955(昭和30)年頃 工場などの排水で河川や湖沼の公共用水域の水質が悪化
1958(昭和33)年 新下水道法が制定、狩野川台風による浸水被害をきっかけに市川市は下水道事業認可を取得
1961(昭和36)年 隅田川の汚れが原因で花火大会が中止、市川市は菅野地区で合流式の公共下水道の整備に着手
1964(昭和39)年 東京オリンピック
1965(昭和40)年 複数の市町村にまたがって整備される流域下水道(大阪府寝屋川流域下水道)工事着手
1966(昭和41)年 オキシデーションディッチ(OD)法が栃木県の日光市湯元浄化センターで初めて導入
1970(昭和45)年 水質汚濁防止法が制定、下水道法が改正
1972(昭和47)年 市川市の菅野終末処理場が一部完成し下水処理を開始
菅野終末処理場(市川市サイトより) |
1973(昭和48)年 千葉県が江戸川左岸流域下水道事業を開始、市川市も流域関連公共下水道事業に着手
1978(昭和53)年 東京23区の下水道普及率が70%となり隅田川の花火大会が再開
1986(昭和61)年 日本初の、下水道管内に設置した光ファイバーの運用が開始(梅田ポンプ所)
1995(平成7)年 東京23区の下水道普及率がほぼ100%に到達
1997(平成9)年 市川市の中山・二俣・鬼越地区の一部の下水を船橋市の西浦下水処理場で処理する合流式公共下水道を整備
2001(平成13)年 河川の全国水質調査で市川市の春木川がワースト1位に(国分川がワースト4位)
2024(令和5)年 市川市の下水道普及率は 79.0%(住民基本台帳人口ベース)
下水の処理方法
福島県のサイトで、下水の処理方法が詳しく説明されています(お勧め)。
標準活性汚泥法
最初沈澱池・反応タンク(反応槽、エアレーションタンク)・最終沈澱池で構成されています。反応タンク内で、下水と微生物(「活性汚泥」)を混合し、最終沈殿池で活性汚泥を沈殿させて、上澄みの水を処理水として流出させます。沈殿した活性汚泥の一部は反応タンクに戻されて、残りは余剰汚泥として排出されます。
市川市の菅野終末処理場、そして江戸川第一・第二終末処理場は、標準活性汚泥法が採用されていました。それぞれ約3ヘクタール、約30ヘクタール、約26ヘクタールで、処理する下水の量で必要となる敷地面積が異ななることがわかりますね。なお、江戸川第一・第二終末処理場は供用が開始されていますが、まだ整備中とのこと。
熊谷知事は、「みなさんと協力しながら全力で進めていきたい」と応じ、江戸川第一終末処理場の早期整備に強い意欲を見せた。2025年度は、水処理施設(第3系列)の整備を前倒しで進め、基礎杭打ち工事に着手する方針だ。
オキシデーションディッチ(OD)法
小規模の汚水処理施設に用いられていて最初沈殿池がありません。反応タンクは、機械式エアレーション装置のある、水深の浅い無終端水路(循環する水路)です。負荷の低い条件で活性汚泥処理を行い、最終沈澱池で汚泥と処理水を分離します。
散水ろ床法
円形池の中に、砕石などのろ材(濾過するためのもの)を 1.5~2m 程度まで詰めて、ろ材の表面に下水を散布し、ろ材の表面にいる微生物が作り出した生物膜と接触させて、下水を処理します。
市川市下水道汚職
「市川市」「下水道」で検索すると、ヒットするのが「市川市下水道汚職」。やれやれ。
臭いものに蓋をせず、悪習を断ち切ってほしいと一市民として強く思います。
■主な参考資料
下水道事業の概要 千葉県
九州の下水道等ビジョン ~豊かな自然と暮らしを守るために~
「迷惑施設」と行政に対する信頼ー神奈川県藤沢市大清水浄化センターの事例からー
230.「下水処理場の名前」の話 日本下水道事業団
日本の下水道歴史 船橋市
下水道・汚水処理施設の種類 国土交通省
2005年3月17日 会議録 市川市議会
江戸川第一終末処理場整備事業について - 市川市
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