結局、日本人とはなんなのか? 『新版 日本人になった祖先たち』

 「私たち大人は、昔の教科書の記憶で、今の子どもたちと話をしてはいけない」


 そう痛感させられたのが、2007年発行の『新版 日本人になった祖先たち』(著/篠田健一 NHK出版)でした。過去に「正しい」とされていた数々のことが、技術の発達によって覆っているわけです。





 「多地域進化説」は、100万年以上にアフリカを出た原人(ホモ・エレクトス)が、各地で原人→旧人→現生人類(ホモ・サピエンス)と進化したとする説。
 一方、「新人のアフリカ起源説(アフリカ単一起源説)」は現生人類は20万~10万年前にアフリカで誕生し、7万~6万年ほど前にアフリカから出て世界に広がったとする説。DNAの解析技術が発達した結果、生まれてきた説です。

 以前は多地域進化説が主流でしたが、現在では新人のアフリカ起源説が定説になったそうです。以下の図は『NHKスペシャル 人類誕生』(学研)の88~89ページ。




テルモ生命科学振興財団サイトより



 日本人や日本文化についても、なんとなく「二重構造説(日本人の成立について、在来の集団〈縄文人〉に大陸から渡来した集団〈渡来系弥生人〉が混血したと考える説)」を信じ込んでいたのですが、『新版 日本人になった祖先たち』でそれほど単純なものではないと思い知ったわけです。

 二重構造説には「中央→周辺」「文化が進んでいる→遅れている」という考えが根底にありませんか?
 このように一方向に物事が進む考え方は、最新研究では「無理がある」とされているようです。
 方言などの説明についても二重構造説が多用されていますが、子どもたちの前では「……という考え方もある」と慎重に話したほうがいいのかもしれません。

 また、人類共通の癖として、著者の篠田健一氏が挙げていたのが、「家系」「血筋」にこだわるという点。
 こだわりは、言い換えると、論理を放棄した思考停止。ですから、脳のエネルギーを使わずに済むので、私たちにとって楽なのかもしれません。 前 アメリカ大統領のトランプ氏や、日韓問題、その他、現代でよく見られる自分(自国)ファースト主義・排他主義も同じ傾向のように思えます。

 結局、日本人とは、アフリカから出発した人類が、さまざまな時期に、さまざまなルートで日本列島に入ってきた「混じり合い」。それは程度の差はあれ、どの国の人々でも変わりはなく、飛行機など移動手段が簡便になった現在はいっそう進んでいると考えられます。


【用語】
○ゲノム
人間1人を構成するのに必要な遺伝子の最小限のセット。約30億文字分のDNAから構成されている。
○遺伝子
私たちの体を構成しているさまざまなタンパク質の構造やそれが作られるタイミングを記述している“設計図”。およそ2万2000個の遺伝子がある。
○DNA
設計図を書いている“文字”に当たる。全部で4種類あり、「塩基」と総称される。3文字分が1組になって、20種類あるアミノ酸に対応。通常は2本の鎖状の構造を取っていて、「塩基対」と呼ばれる。

○ミトコンドリアDNA
母から子どもにそのまま伝わる。1万6500文字。
○Y染色体DNA
父から息子にそのまま継承される。
○核ゲノム
赤血球などの例外を除き、人体のほぼすべての細胞に存在。両親からの遺伝情報を受け継ぐ。
○SNP(一塩基多型)
単一のDNAの変異。DNA配列の1000塩基につき1カ所程度存在していると推測。突然変異でランダムに生まれる。

○シークエンサ
レーザーを使った、塩基配列の読み取り装置。

※私たちは両親から1セットずつ、つまり2人分のゲノムを受け取っている。私たちが生まれるときは、2人分の遺伝子をシャッフルして1セットのゲノムを作る。
※人間のDNAは約30億塩基対で、働きがわからないDNA配列が大量に存在。その45%は、トランスポゾン(別に位置に転移することができるDNA配列)。まだ多くのことがわかっていない。
※DNAの発現は環境にも影響されて変化する。
※同じ楽譜でも指揮者とオーケストラが違えば演奏内容が異なるように、ゲノム情報で体内の反応は進行するものの、私たちの体は環境要因で変化が付け加わっている。
※DNAで血筋や血縁、家系、個人のルーツを類推はできない。あくまでも集団のルーツ。

 昔と今の違いは、「多地域進化説」ではなく「新人のアフリカ起源説」が定説になったこと。

 そういえば、私が子どもの頃に社会の教科書に載っていた「足利尊氏」の絵が、今の教科書では「ただの武将」扱いなのですね。絵に描かれた男性は、どうやら足利尊氏ではないと……
「騎馬武者像」(京都国立博物館蔵)http://www.emuseum.jp/detail/101003

 このことをテレビ番組で知ったときには、驚愕しました。
 そして冒頭に戻るのですが、「私たち大人は、昔の教科書の記憶で、今の子どもたちと話をしてはいけない」と思うのです。

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 ここからは、『新版 日本人になった祖先たち』から引用しつつ、個人的な感想を述べていきます。

現在では埴原和郎(はにわらかずろう)によって提唱された、旧石器時代人につながる東南アジア系の縄文人が居住していた日本列島に、東北アジア系の弥生人が流入して徐々に混血して現在に至っているという「二重構造説」が、主流の学説となっています。(中略)
 二重構造説が唱えられた1990年代の初頭までは、人類の起源に関しては、「現生人類は各地域の原人が独自に進化して成立した」とするいわゆる「多地域進化説」が人類学分野の定説でした。しかし、アフリカでの化石人骨の再検討とともに現代人のDNA分析が進んだことで、現在では、私たち現代人はおよそ20万年前にアフリカで誕生し、6万年ほど前にアフリカから出て世界に広がった人々の子孫であるという「新人のアフリカ起源説」が定説として受け入れられています。(中略)
 二重構造説は、均一な縄文人社会が、水田稲作と金属器の加工技術をもった大陸由来の集団を受け入れたことによって、本土日本を中心とした中央と、南西諸島・北海道という周辺に分化していくというシナリオです。先端技術を受け入れた中央と、その影響が波及しなかった周辺という見方をしているのですが、果たしてこのような視点で、南北3000キロを超え、寒帯から亜熱帯の気候を含む日本列島・南西諸島の集団の成立を正確に説明できるのか、という問題があります。日本列島には、後期旧石器時代に当たる4万年ほど前にホモ・サピエンスが進入したと考えられています……(以下略)。

153-156ページ

 そして「縄文人」と「弥生人」を区別すること自体、かなり無理があるとわかってきました。

弥生時代の開始期が、従来考えられていた紀元前5世紀から、紀元前10世紀までさかのぼる可能性が示されました。弥生時代の開始期が500年ほど古くなったのです。弥生時代の始まりは、現在では「日本で水田稲作が始まった時期」と定義されています。

170ページ

東南アジアから初期拡散によって北上した集団の中で沿岸地域に居住した集団が縄文人の母体になった、と考えると説明がつきそうです。初期拡散で東アジアの沿岸線に沿って北上したグループが、台湾付近からカムチャッカ半島に至るまでの広い沿岸地域に定着し、その中から日本列島に進出する集団が現れたのでしょう。

176ページ

 人類学者はこれまで大陸からの渡来を弥生時代に限定して考える傾向がありましたが、考古学の分野では古墳時代にも渡来があったことを予想しています。これまでの人類学の研究では資料的な制約もあって、弥生時代以降の大陸からの渡来について、その実体を知ることができませんでした。しかし、核ゲノムの解析で弥生以降の時代の渡来の事実が予想されたことで、今後の現代日本人の形成のシナリオは、弥生~古墳時代における大陸からの集団の影響を考慮する必要があることがわかりました。単純な二重構造は、本土日本でも成り立たないのです。また、そう仮定すると、現代日本人につながる集団が完成するのは、次の古墳時代ということになります。

183ページ

 「日本は単一民族国家」というのも、やはり無理があるわけです。そんな単純な話にはならないのですね。



弥生時代以降における大陸からの渡来民は、縄文時代に蓄積したDNAのプールに特に大きな影響を与えました。本土日本の集団は、この弥生時代以降に渡来した集団と在来の集団の混血によって成立していったのです。ある程度地理的に隔離された北海道と沖縄では、本土の日本とは異なる集団の歴史があります。それは、両者が本土日本とは異なるDNAの組成を持っていることからも明らかです。日本列島における集団の成立の歴史は、重層的で複雑なものであることを、私たちの持つDNAは教えています。

 稲作をやっている民族と、狩猟採集の民族との間に交流があったことが遺跡などでわかっています。稲作民族の王が、狩猟採集を行っていた地域の特産品を身に着けて葬られていたからです。

二重構造説は、琉球列島と北海道を本土日本の周辺集団として捉えていました。大陸からの稲作文化を受け入れた中央と、それが遅れた周辺で、集団の形質に違いが生じたと考えたわけですが、この発想からは周辺集団と他の地域の集団との交流の姿を捉えることができません。

210ページ

 歴史や文化においては、本土日本と、琉球列島や北海道とは違う流れがあったと考えたほうが自然ですね。「進んでいる→遅れている」という考え方ではなく。

この列島に、ある程度の人数が居住し始めた縄文時代以降、国家が成立するまでの期間は、その後の歴史時代の10倍もの長さがあります。私たちのDNAは、その長い時間のなかで、いろいろな地域から流入してきたのでしょう。縄文人が持つDNAは、今では世界中を見渡しても存在しない特殊なものでした。そして弥生時代以降における大陸からの渡来民は、縄文時代に蓄積したDNAプールに特に大きな影響を与えました。本土日本の集団は、この弥生時代以降に渡来した集団と在来の集団の混血によって成立していったのです。
 ある程度地理的に隔離された北海道と沖縄では、本土の日本とは異なる集団の歴史があります。

214ページ

 日本という国ができる前に、日本列島にはさまざまな集団が、地域性(地理、気候など)に合った暮らし方をしていたわけです。さまざまな集団と言っても、元をたどればアフリカ大陸に行き着くのですが。


 私たちはしばしば国の成立と、集団としての日本人の成立を同じものとみなすことがありますが、このように見ていけば、両者は分けて考えるべきものであることがわかります。言うまでもないことですが、日本という国ができる以前に、日本列島には人々が住んでいました。人がいて国ができたということは、国というもののありようを考えるときに、大切な認識だと思います。そして私たちの直接の祖先である人々と、親戚に当たる人たちの子孫が日本の周辺には住んでいます。とかく国同士の関係は、近いところほど複雑になるのですが、同じような道をたどってアフリカからやってきた人々ですから、本質的な違いはないと考えることもできます。

215-216ページ


私たちは家系というものに特別な感情を持っています。これは日本に限らず多くの社会で見られるものですから、人類が共通で持っている考え方の癖のようなものなのかもしれません。

216ページ

 小さな差異を大きく取り立てて、自他や身内を区別したがったり、優劣やよしあしを決めたがったりする「思考の癖」が、近い将来、悪い形で現れてくることを著者は危惧しています。ゲノムの99.9%は同一なのに。

核のゲノムは、私たちの体を作り、体内で起こる反応を制御している指示書のようなものですから、その分析から得られた知識は、医療を始めとする私たちを取り巻くさまざまな分野を大きく変えていくことになりました。(中略)
現生人類は非常に均一性の高い生物なので、ゲノムの99.9%までは同一で、ほとんど同じと言ってもよいくらいの差しかありません。違いがあるのは残りの0.1%で、それを比較することになるのですが、それでも個人同士を比べると、数百万塩基の違いとなるので、他の方法に比べて格段に精度の高い集団比較が可能になります。(中略)
SNPの違いの大部分は意味がないと考えられており、おそらく直接的、間接的に特定の機能と結びつくSNPは数万程度だと思います。しかし現在ではある種の病気の成りやすさや、クスリに対する抵抗性と特定のSNPの関係について、猛烈な勢いで知見が集積されつつありますから、やがてSNPの違いが能力と結び付けて語られるようになることは避けられないでしょう。そしてそのデータが、集団間に生物学的な違いがあるという根拠として用いられたら、何が起こるでしょうか。このような議論は早晩起こりうると予想されます。
219-221ページ

□参考資料
ゲノムから読み解く日本人の起源 斎藤成也
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/gf_14/4/notes/ja/04saito.pdf
※図版なので、わかりやすいです

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 スウェーデン出身でドイツのマックス・プランク研究所のスバンテ・ペーボ博士は、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ペーボ博士はゲノム比較によって、現代人のゲノムに絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝情報の一部が残っていることを明らかにしました。つまり、現生人類(ホモ・サピエンス)と旧人類が交配していた可能性を示されたのです。

■人間を含む動物などが持つDNA
○細胞核に存在する核DNA
○細胞小器官のミトコンドリアに存在するミトコンドリアDNA(mtDNA)

■mtDNAの特徴
①核DNAよりも塩基置換が起こるスピードが速い
②組換えがなく母性遺伝である
※卵細胞を通じて母系のみで伝わっていくため、両親に娘がいない(息子しかいない)場合は、それ以降の子孫には伝達されない
③細胞一つ当たりのDNAのコピー数が多い
④1人の人間が持つmtDNAは同一
⑤mtDNAのゲノムは、ゲノム全体のわずか0.0005 %
⑥核DNAに比べて組織から採取できるDNAコピー数が多い

 古代のDNA解析で多く使われてきたのは、mtDNAでした。

 ペーボ博士が核DNAの解析に利用した技術は、次の2つです。
○1990年代に普及したPCR法(DNAの増幅効率を劇的に高める方法)
○次世代シーケンサー(DNAの塩基配列の読み取り・解析装置)

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