宮久保は葛飾八幡宮が最初に建てられた場所で、江戸時代前期は海のそばだったのか問題

葛飾八幡宮

 葛飾八幡宮が創建されたのは下総国葛飾郡で、平安時代中期の寛平年間(889〜898年)でした。「寛平」は第59代天皇である宇多天皇の治世の元号です。宇多天皇によって京都の石清水八幡宮から勧請され、葛飾八幡宮が建立されたようです。

 現在は八幡4丁目2−1にある葛飾八幡宮ですが、「あの街この街」によると、最初は宮久保4丁目(小字が西之久保)に建てられていたという言い伝えがあるそうです。
市川市宮久保の小字 出典:日本小字地図

 平安時代中期は海水面が高く(平安海進)と、『更級日記』では真間の長者の家が水没したと書かれていました。もしかしたら、現在の八幡4丁目も海の中だったのかもしれません。

 葛飾八幡宮には、鎌倉時代後期の1321(元亨元)年に寄進された梵鐘があります。
「敬 奉冶鋳銅鐘大日本東州下総第一鎮守 葛飾八幡是大菩薩傳聞寛平 宇多天皇勅願社壇建久以来 右大将軍崇敬殊勝天長地久 前横巨海後連遠村魚虫性動 鐘暁聲人獣眠覺金啓夜響 求除煩悩能證菩薩 元亨元年十二月十七日 願主右衛門尉丸子真吉 別當法印智」


 地球の気温が低くなり海水面が下がった後、道(現在の国道14号)ができていた砂州の近くに葛飾八幡宮は引っ越してきた可能性があります。
 『江戸名物図会』によると、室町時代(おそらく後期の戦国時代)に盗難防止で梵鐘が埋められたとされているため、遅くとも室町時代には現在の場所に移転していたと思われます。
 出典:「屋久杉の年輪の炭素同位体比から明らかとなった歴史時代の気候」北川浩之1995


東京低地の中世頃の地形 (久保,1994)出典:河川と平野の地形からみえること─利根川・荒川下流低地を例に、『東京の自然史を歩く』著:久保純子 創元社


 さらに、宮久保小学校周辺(小字が美女ケ崎〈みめがさき〉)には、病気の姫が京都から流れ着いたという伝説がありました。ここでは「美女ケ崎伝説」としておきましょう。

 宮久保4丁目12−3の所願寺の案内板には、次の記載があるそうです。
所願寺縁起
寛文六年(一、六六六)の創立で、開山は常修院日常上人、開基禅那院日忠上人を仰いだ。
江戸時代、一人の貴女が病を罹って都を離れ、近くの美女ヶ崎に流れ着いた。村人はこの貴女を助け所願寺に住まわせた。のちに近くの村に移り住み、法華経を信仰して、中山法華経寺で祈祷を受け、病癒え、出家し一寺を建立したと伝えられる。
貴女の守り本尊、天神様を海へ落してしまったが、後に海の中から見つかった処から、海中出現の天満宮を所願寺守り本尊として残していった。後に白幡神社に合祀されたが、昭和六十一年(一、九六八)当山第二十二世住職によって天導大明神として再勧請された。(縁日は毎月二十五日)
また当地は、所願寺貝塚として、市跡に指定されている。
 ポイントは「流れ着いた」。

ここは海だったんか~い!

 宮久保3丁目周辺の小字が天神沖で、「沖」というからには海岸よりも離れた海域だったのでしょう。
 江戸時代前期の寛文年間は「小氷期(しょうひょうき)」と呼ばれる寒冷な気候で、海水面は現在よりも50cm低かったとされています。

 だったら、どこがどうやって海になっていたのでしょうか。

 考えられるのは、江戸時代の前期には、現在の真間川の流域で根本から宮久保まで(下の地図の濃い青色のエリア)海水が入り込んでいたということ。

出典:OH3(open-hinata3)ダイナミック標高図(世界)


 1868(明治元)年に描かれた利根川東岸弌覧を見ると、根本から宮久保までは水浸しです。また、東京湾の海水が江戸川を遡上して、流山まで達していた時期もありました(現在は行徳可動堰で海水はせき止められています)。

利根川東岸弌覧 出典:アデアックデジタルアーカイブ

 「美女ケ崎伝説」の姫については、江戸時代に京都から千葉県市川市まで海で流れ着いたわけもなく、何らかの理由で現在の宮久保小学校周辺に立ち寄ったのでしょう。

 ちなみに、「市川のまち 地名の由来」だと、奉免町については、鎌倉時代に常磐井殿(ときわいのみや)の姫宮(後深草上皇〈1243-1304年〉の皇女)が住むようになったことから、姫宮の面倒を見る代わりに幕府は村の年貢の奉納を免した、つまりは「奉免」されたことで、このような名前になったのだとか。姫宮は不治の病にかかっていたとのこと。

 あれ? あれれ? またも病気の姫??

 この「市川のまち 地名の由来」では「美女ケ崎伝説」の姫が後深草上皇の皇女ということになっていました。「美女ケ崎伝説」だと江戸時代なのですが。

 まあ、昔話ですからね。

 だいたい病気の女性がどうして京都を離れ、わざわざ遠い千葉県市川市にやってきたのか、また、交通手段が少なく治安も悪い当時、病気の女性が長距離を移動できたのか(移動する気になれるのか)、今を生きるクラナリ編集人には何かと気になります。
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