だったら市川市のどこで湧き水が出ているのか問題 その2 羅漢の井、洪水




 2026(令和8)年10月21日に撮影した羅漢の井(市川市国府台3-9)です。水があふれ、坂の下まで流れていました。

 原因は、令和8年8月千葉豪雨と台風25号だと推測します。
 8月13~14日の令和8年8月千葉豪雨で、千葉県各地で観測史上1位の降水量が更新されました。平年の8月の1カ月(31日間)の降水量の、3倍以上も雨が降った地域もあります。
 そして9月21日、台風25号の接近に伴って千葉県や神奈川県などで大雨が降りました。千葉市では、平年の9月の1カ月(30日間)の降水量の、2倍もの雨が降りました。

 乱暴な計算をすると、以下のとおりです。
令和8年8月千葉豪雨の2日間の降水量=31日間の降水量×3=93日間の降水量
台風25号での降水量=30日間の降水量×2=60日間の降水量

 異常な雨量です。

 千葉県に降った雨は、下総台地の中央辺りを境に、北東側は太平洋へ、南西側は東京湾へと流れていきます。あり得ない話ですが、「松戸市や鎌ヶ谷市の台地の上で異常な大雨が降り、市川市で一切降雨がない」という場合、台地の水が流れ込んできて市川市内で冠水が発生する可能性が考えられます。
点線を境に、北東側は太平洋へ、南西側は東京湾へと水が流れる 出典:都市域の地質地盤図「千葉県北部地域」(説明書)、一部改変


 松戸市や鎌ヶ谷市の台地の上で、道路など舗装されたところに降った雨は、側溝から雨水管を通って、川などを経由して東京湾に流れ込みます。
 舗装されていないところだと、表面の土壌から関東ローム層へとしみ込みます。関東ローム層は、火山灰と砂などで形成された粘土質の土壌で、水を地下に浸透しやすいと説明されています。
 イメージとしては、目の粗いスポンジというところでしょうか。目の粗いスポンジは、水切れがよいものの、皿やまな板などと比べたら、当然のことながら水を蓄えることができます。

 令和8年8月千葉豪雨と台風25号で降った雨水は、関東ローム層である程度蓄えられていて、その水の一部が地下水(宙水〈ちゅうすい〉)になっているのではないでしょうか。

 宙水というのは、連続した地下水面の上方にはなれて、局部的な不透水層(難透水層)の上にたまった地下水のレンズで、もと民間での中水という名称が、字を改めて術語とされたものである。
『東京の自然史』著: 貝塚爽平 講談社

 水は高いところから低いところへ流れます。
 松戸市や鎌ヶ谷市の台地の上で降った雨水は、低地に向かって、関東ローム層の中をゆっくりと移動します。その一部が、市川市内の崖線(崖が連続しているところ)や谷頭(浸食が進んだ谷の突き当たり)で今も湧き出している可能性があります。

 下総台地と同様に、砂礫層を関東ローム層が覆っている武蔵野台地では、大雨が降った後、しばらくの間、細長い水の流れができたのだそうです。この流れは「野水(のみず)」や「水道(みずみち)」と呼ばれました。現在でも野水や水道は発生することがあり、水の通り道にある住宅地では床下浸水の被害を受けやすいとのこと。
 また、野水は、浅いところにある地下水(宙水〈ちゅうすい〉)がたまっているエリアで発生しやすいとされていました。

 市川市の北部には、蛇行する小さい川などで下総台地が削られて、くぼみ(谷)が枝分かれしているところがあります。くぼみを土壌が覆っている場合、表面的には平らに見えても、水はくぼみに集まってくるでしょう。
 柏井町の姥山貝塚周辺などには、でいだらぼう(だいだらぼっち)という巨人の足跡とされる窪地の伝説があり、いくつもの窪地に湧き水がたまって池ができていたのだそうです。
 また、大町・大野町では下総台地の淵に湧き水が出て、たまった池はタナヤと呼ばれていました。

浅い窪地には、地下の浅いところ(関東ローム層の直下)に難透水層があって、次の項でのべる宙水地帯をなしているところが多いから、地下への透水がわるいのである。(中略)昔の住民は、長い経験からそういうことを承知していたとみえ、このような窪地に集落を作ることはなかった。たとえば、千葉市北郊の縄文中・後期の加曾利貝塚では、集落を窪地の周りに馬蹄形に作り、窪地の底は空地にして一〇〇〇年以上も住んだ。中世・近世の武蔵野の住民は、窪地は特に地下水が浅いことを知っており、窪地付近に井戸を掘って集落を営んだけれども、窪地の中に家を建てるなどということはなかった。
『東京の自然史』著: 貝塚爽平 講談社

 下総台地の縁にある羅漢の井が洪水のような状態になっているのは、8月と9月に下総台地の上に降った雨水が、10月下旬の今も湧き出し続けているからかもしれません。
 羅漢の井の上のほうから水がしみ出しているようですが、立ち入り禁止になっていました。


 念のため、里見公園の周辺をぐるりと回って、湧き水がないか調べたのですが、木が生い茂り過ぎてわかりませんでした。

 2018年に始まった『クラナリ』は、地理や歴史について素人である『クラナリ』編集人が右往左往する姿をただ面白がるサイトなのですが、そろそろ専門家に話を聞きたいと思っています。



■主な参考資料
令和8年8月千葉豪雨による大雨の状況について~「災害をもたらした気象事例」に資料を掲載しました~
千葉県では、複数の地点で1時間降水量や3時間降水量などが観測史上1位の値を更新するなど、記録的な大雨となり、13日から14日にかけての総降水量が300ミリを超えた地点や、平年の8月の月降水量の3倍以上となった地点がありました。

【台風25号】千葉県、48時間雨量14地点で観測史上最大 千葉市は9月1カ月分の2倍

【独自】千葉 “謎の湧水”多数…道路脇に“地下空洞” キャベツ高騰で“もつ鍋危機”

難透水層中の地下水の通り道

東京の地下水と地形・地質

地下水を識る

チュウスイ宙水PERCHEDWATER
宙水は不圧水の特殊なものである。不圧水(自由水)は透水性の地層を飽和して広く連続的に存在するが,このような不圧地下水体の上面をなす地下水面の上の通気帯中に局部的な地下水の存在することがある。これが宙水で,このような上部の局部的地下水体と下部の主地下水体との間には水で飽和されない地層部があって両者は互に分離されている。

カゴ(帯水層)の中の止まり木(難透水層)に鳥(宙水)がとまっているような形であるので英語ではPerchedWater(止り水)と呼んでおり,帯水層中に宙ぶらりんに浮いているように考えてドイツ語ではSchwebendesWasser(宙ぶらりん水)と呼んでいる。

宙水は気候の変化や土地利用の変化で消滅したり,出現したりすることがある。関東平野,ことに下総台地,武蔵野台地,相模野台地等では土地利用の変化,住宅化,道路舗装等で昔存在した宙水域が消滅しつっある。その逆に大規模なカンガイ事業のために宙水域が新しく出現し,地下水が地上にあふれて排水に困難をきたしている例もある。豪雨後に起る"野水"も宙水域において起りやすい。宙水をその恒常性から恒久的宙水と一時的宙水とに分ける人もある。

宙水の性格を列挙すれば次のようになる。
(1)宙水は不圧水である。
(2)宙水は主地下水体から分離している。
(3)宙水はその分布が局限されている。
(4)宙水は水量が乏しく恒久性がない。
(5)水温・水質が多少異なっている。


武蔵野の逃水
小平市とその周辺は武蔵野砂礫層や立川砂礫層から構成され、その上位を関東ローム層が厚く覆っている。いずれも透水性が良いため、多少の降水があっても、地表に落ちた雨水はすぐ地下に浸透してしまうため、降雨が終わると何事も無かったような状況になる。しかしながら、降水量が多くなり、浸透量を上回った場合、地下へ浸み込めなった水は僅かな窪地に溜まり、さらに低い場所を求めてゆっくり移動する。このように淀みながら流れる水を野水(のみず)と称し、野水は各地に水溜りを作る。水溜りは水量が増えると、周囲の最も低い所から傾斜に従ってより低い方へ細長く流れ始める。この細長い流れを水道(みずみち)と称する。野水(のみず)や水道(みずみち)は、降水が少なくなり、浸透量が降水量を上回るようになると、いつの間にか消失してしまう。いわゆる「逃水」である。逃水は夏季の夕立や台風の時に出現しやすいが、晩秋から翌年の春まで出現することは、ほとんどない現象である。現在でも野水や水道は、降水が多い時には何処ででも見られ、一時的に交通をマヒさせ、水道(みずみち)にあたる住宅地では床下浸水の被害を受けやすい。

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