マーケティング1.0以前から現代まで素人がざっくりと追ってみた
マーケティングとは、外の世界のニーズや欲求と、組織の目的、資源、目標とを一致させるための活動です。
「マーケティングの父」と呼ばれているフィリップ・コトラー(1931-現在)が体系化したマーケティング1.0よりも少し前から現代までを、素人がざっくりと追ってみました。
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フィリップ・コトラー(写真/Jack11 Poland) |
マーケティング1.0以前 産業革命、そしてアメリカが世界の中心へ
1765年のジェームズ・ワットによる蒸気機関の改良などの産業革命で、イギリスでは製品を大量生産し、多くの消費者に製品を届ける仕組みが整いました。
産業革命は、社会観にも影響を与えました。急激な産業化と都市化が進んで、慣習や暗黙の了解で統治される社会とは違う枠組みが必要になってきたのです。
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産業革命の頃のイギリス(画像/Wellcome Images) |
イギリスの哲学者・経済学者・法学者だったジェレミ・ベンサムは、功利主義(Utilitarianism)の提唱者とされています。行為や制度の社会的な望ましさは、その結果として生じる効用(Utility)によって決定されるとする考え方です。また、ベンサムには『道徳および立法の諸原理序説』(1789年)などの著作があります。
功利主義の4つの特徴
1 帰結主義
ある行為に対してよい・悪いをか評価する際に、行為の結果を重視する
2 幸福主義
行為の結果の中で人々の幸福を重視する
3 最大多数の最大幸福
全体の幸福を考える
4 公平性
全体の幸福を考える際に、1人を1人以上には数えない(「あの人はえらいから2人分としてカウント」などとしない)
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ジェレミ・ベンサム(画像/Wikipedia) |
ベンサムは、快楽や幸福を道徳的な善であると見なしました。そして、法や行為の善悪を、それがもたらす快楽・幸福と苦痛を数量化し計算すること(快楽計算)で、客観的に判断したのです。計算の基準は、強さ・永続性・確実性・遠近性・多産性・純粋性・範囲の7つです。
社会の利益は計算によって得られた、一人ひとりの利益の総計であるとして、「最大多数の最大幸福」を道徳、そして立法の原理としました。また、個人の利己主義を制限するための外的な強制力として、物理的制裁・政治的制裁・道徳的制裁・宗教的制裁の4つを挙げました。
満足した豚であるよりは,不満足な人間であるほうがよく,満足した愚か者であるよりは, 不満足なソクラテスであるほうがよい。そしてもしも愚か者、あるいは豚が別の意見を持っているのならば、それは彼らが自分たちの立場でしか問題を捉えていないからである。It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied. And if the fool, or the pig, are of a different opinion, it is because they only know their own side of the question.
『功利主義』
ベンサムの思想に影響を受けたのが、イギリスの哲学者・経済思想家のジョン・スチュアート・ミルです。ミルの著書『功利主義』(1861年)に、上の記述があります。
また、『経済学原理(Princilples of Political Economoy)』(1848年)で、商人が需要がない場所から需要がある場所に物品を移動させることで「効用を高めることができる」としています。ミルの効用は「その物がある欲求を満たし、あるいはある目的に役立つ、その能力」です。
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ジョン・スチュアート・ミル(画像/Wikipedia) |
ところ変わって、1776年にイギリスから独立したアメリカでは、移民によって都市人口が増加し、他国からの土地購入や戦争で国土を広げていきました。そして急速に工業化していきます。
そんなアメリカやヨーロッパで、何度も恐慌が起こります。1873年、1893年、1907年の恐慌が有名で、原材料の供給地や市場を確保するために、植民地の拡大を目指した帝国主義へと各国が突き進んでいきます。
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1907年の恐慌でウォール街に集まった人々(画像/Wikipedia) |
1914~1918年の第一次世界大戦では、同盟国(三国同盟、ドイツ、オーストリア、オスマン帝国を中心)と連合国(三国協商、イギリス、フランス、ロシアが中心で日英同盟を理由に日本も参戦)が、ヨーロッパで戦いました。
イギリスのエンジニアであるフレデリック・ランチェスターは、1914年にランチェスターの法則を発表します。戦争における戦闘員の減少度合いを数理モデルで記述した法則ですが、この数理モデルは経営学にも応用されました。マーケティングでは「ランチェスター戦略」と呼ばれています。
ランチェスターの法則
第一法則「一騎討ちの法則」 戦闘力=兵力の質✕量
第二法則「集団戦の法則」 戦闘力=武器効率×兵力数の2乗
第一次世界大戦でアメリカは、軍需物資の生産と輸出で経済的に繁栄しました。
また、世界経済・金融の中心はイギリスでしたが、長引く戦争で不況に陥り、多額の戦費により債務国となりました。一方、アメリカは連合国の借款(戦時公債)を供与したため、世界最大の債権国となりました。世界経済・金融の中心がイギリスからアメリカへと移っていったのです。
この頃のアメリカで誕生したのが、マーケティング(Marketing)です。
マーケティングを経済学から独立させたといわれているのが、アーク・ウィルキンソン・ショーです。1900年頃は事務設備会社の経営者として活躍し、1915年に『市場流通におけるいくつかの問題』を刊行しました。
1924年にはアメリカの作家のサミュエル・ローランドホールが、広告宣伝に関する消費者心理・行動であるAIDMAモデルを発表しました。
AIDAモデル
注意(Attention)
関心(Interest)
欲求(desire)
行動(Action)
1920年代の前半から、次第にアメリカの製品が売れなくなってきました。次の3つが原因として考えられています。
1 各国の戦後復興が終わろうとしていた
2 アメリカで生産過剰になった
3 ソ連が社会主義化して商品を買わなくなった
しかし、アメリカの証券市場は過熱し続けました。バブルです。そして1929年に世界恐慌が起こりました。
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世界恐慌でウォール街に集まった人々(画像/Wikipedia) |
1939~1945年に第二次世界大戦が起こります。戦場はヨーロッパとアジアでした。
マーケティング1.0「製品中心」(1900〜1960年代)
第二次世界大戦後のアメリカは、開戦時の1939年と比べて実質GDPが約88%増大し、失業率も低下するなど、経済が安定成長しました。アメリカ主導で世界秩序が再建され「パックス・アメリカーナ」と呼ばれました。そんな中、製品が大量に作られるようになり、需要よりも供給が増えて「安くするほど売れる」という概念が浸透していました。
アメリカのマーケティングでは、1960年に4P分析をエドモンド・ジェローム・マッカーシーが提唱しました。
4P分析
どのような製品(Product)を
いくら (Price) で
どこ (Place) で
どのように宣伝 (Promotion) して売るか
これはコトラーのいうマーケティング1.0、「製品中心のマーケティング」の段階です。利益を最大化するためには、製品の価格を下げて需要を増やし、販促を行うことがマーケティング1.0の中心的な考え方です。
1963年にケネディ大統領暗殺事件が起こりました。また、1955年に始まったベトナム戦争に、アメリカが1964年から本格的に軍事介入を開始します。1960年代には、アメリカの政治や経済に次第に陰りがみられるようになってきました。
マーケティング2.0「顧客志向」(1970〜1980年代)
1969年にコトラーがSTP分析を考案しました。
STP分析
市場を細分化(Segmentation)し
標的(Targeting)を定め
差別化(Positioning)を図る
R-STP-MM-I-C
調査(Research)
STP分析
マーケティングミックス(MM、Marketing Mix) 4P分析など
実行(Implementation)
管理(Control)
コトラーはマーケティングミックスの要素として、製品、価格、サービス、ブランド、報奨、コミュニケーション、流通の7つを上げています。
PEST分析
政治(Politics)
経済(Economy)
社会(Society)
技術(Technology)
特徴は、製品から消費者・志向にマーケティングがシフトしたことです。製品を安く売ることではなく、消費者にとって何が必要であるかを知ることが重要になりました。
また、1980年にコトラーは競争地位戦略を提唱しました。市場における競争上の立ち位置(競争地位)を①マーケット・リーダー、➁マーケット・チャレンジャー、③マーケット・フォロワー、④マーケット・ニッチャーに分けて、立ち位置に応じて戦略を定めるという考え方です。
1970年代に、アメリカでスタグフレーションが発生しました。物価は上がっていき、実質賃金が下がる状況です。
この頃、日米貿易摩擦が大きな問題となりました。アメリカは経常収支の赤字が続き、1985年に債務国になりました。ちなみに、1985~2023年は、日本が世界最大の債権国となっています。
1989年にはベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終結します。
マーケティング3.0「価値主導」「人間中心」(1990〜2000年代)
アメリカではインターネットが普及して、消費者は数多くの情報を得るようになりました。そして、倫理的観点から環境問題や社会問題など企業の社会的責任に注目が集まり始めました。
消費者は「欲しい」「必要」などのシンプルなニーズだけでなく、「環境によい」「社会に役立つ」という理由で商品を選ぶようになりました。コトラーは3iモデルを提唱しました。
3iモデル
ブランドアイデンティティ(identity) 個性
ブランドイメージ(image) 印象
ブランドインテグリティ(integrity) 誠実さ
ブランドアイデンティティでは、消費者に対してポジショニングを明らかにしながらブランドを認知させます。
ブランドイメージは、ブランドと差別化によって、消費者のニーズを満たしながら、消費者にとってより好ましい感情を与えます。
ブランドインテグリティでは、ポジショニングと差別化によって消費者の信頼を作り上げます。
マーケティング4.0「接続性の時代」「自己実現」(2010〜2020年代)
市場には環境に配慮する製品が増え、消費者の購買プロセスは消費者自身を満たす、自己実現へと変化しました。ソーシャルメディアなどの普及で、消費者が情報発信をできる環境が整ってきました。
消費者が何かを買うときのプロセスであるカスタマージャーニーとして、アメリカのノースウェスタン大学ケロッグスクールのデレク・ラッカーが4Aを提唱しました。
4A
認知(Awareness)
態度(Attitude)
行動(Act)
再行動(Act again)
また、マーケティング4.0での消費行動プロセスとしてコトラーが提唱したのが5Aモデルです。製品購入までにとどまらず、消費者が製品のファンになって購入後に推奨をしてもらうことを考える必要が出てきました。
5Aモデル 見込み客から、製品やサービスを繰り返し購入してくれるロイヤル顧客になるプロセス
認知(Aware)
訴求(Appeal)
調査(Ask)
行動(Act)
推奨(Advocate)
2010年には、中国は日本を抜いて世界第2の経済大国になりました。2018年からは米中貿易摩擦が始まっています。
マーケティング5.0「顧客体験」(2020年代〜)
「人間を模倣した技術を使って、カスタマー・ジャーニーの全行程で価値を生み出し、伝え、提供し、高めること」と、マーケティング5.0は定義されています。AIなどを駆使して、人間の関与を最小限に抑えながら、顧客の行動やプロフィールに基づいて効果的に製品やコンテンツの推奨を行うことができる時代のマーケティングです。
〇データドリブン・マーケティング
デジタル技術の進歩で、多くのデータが得られるようになりました。あらゆる決定は、十分なデータに基づいて行うことが重要です。
〇プレディクティブ・マーケティング
AIなどを用いた予測分析ツールを使用し、マーケター自身の過去の経験や勘に頼らずに戦略を立てます。
〇コンテクスチュアル・マーケティング
顧客の文脈(経験・記憶など)に沿ってパーソナライズされた広告や製品を提供します。
〇拡張マーケティング
チャットボットやバーチャル店員など、人間を模倣した技術を利用します。
〇アジャイル・マーケティング
リアルタイムで情報を分析し、状況に応じて素早く製品の開発・改善を行います。
■主な参考資料
4Pから生成AI活用まで、コトラー教授が語るマーケティングの50年史と最前線
功利主義と義務論
哲楽 功利主義とは何か
ベンサムの法実証主義功利主義と近代
なぜあの時、世界大戦へと突入したのか? 今、ざっくり読んでおきたい世界経済史【書籍オンライン編集部セレクション】
Wikipedia
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