市川大百科事典 こ 古代東海道 こだいとうかいどう
古代東海道 こだいとうかいどう
古代の律令制における行政区画の一つであると同時に、中央と地方を結んだ道である(大宝律令の成立は701年)。
当時は、日本は五畿七道(ごきしちどう)という行政区画に分けられていた。
山城
摂津
河内
和泉
東山道
北陸道
山陰道
山陽道
南海道
西海道
五畿
大和山城
摂津
河内
和泉
七道
東海道東山道
北陸道
山陰道
山陽道
南海道
西海道
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東海道への誘いより |
東海道には、伊賀、伊勢、志摩、尾張、参河(みかわ)、遠江、駿河、伊豆、甲斐、相模、上総、下総、安房、常陸の14カ国が含まれている。771年に武蔵が東海道に編入された。
これらの国々の国府(国司が政務を執るための役所)を通って京に至る駅路(えきろ、道)が整備され、駅路には30里(16km)ごとに駅家(えきば、はゆま)が設けられた。
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葛飾区史より |
参考資料
- 東海道への誘い(国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所)https://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/tokaido/02_tokaido/04_qa/index1/a0101e.htm
- 葛飾区史 第2章 葛飾の成り立ち(古代~近世)https://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/2-1-2-58.html
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