もっと楽しくPTAの広報紙を作るには? その7 自分のカードを何枚か用意しておく

私自身、「そもそもPTAは必要か」という疑問を抱きながら、昨年に引き続いて今年もPTA広報委員になってしまいました。

必要かどうかはひとまず置いておいて、どうしたら少しは委員会活動が楽しくなるのかを考えてきたのですが、現実の活動状況ではかなりイライラ・モヤモヤしています。
このイライラ・モヤモヤについて、突き詰めていったところ、選択肢、つまり自分の手札を何種類か持っておくことだという結論が出ました。

□PTAとは、誰のための組織

□PTAとは、誰のための組織?

PTA(Parent-Teacher Association)とは、その名のとおり、保護者と教員による組織です。
時代をさかのぼれば、1946年の秋、GHQが文部省社会教育局(今の文部科学省)にアメリカのPTA資料を提示し、日本でもPTAを結成するように指示したとのこと。

アメリカのPTAの歴史は、1897年に2名の母親から始まったようです。自分の学校の子どもたちだけでなく、全国の子どもたちの福祉の増進、環境改善を目指した教育運動でした。
ですから、地域や教会などで組織されて、保護者だけでなく、さまざまな立場の市民が加入しています。ボランティア活動であることが前提だから、委員会などもありません。
国に指示されたのではなく、自主的に集まった組織だといえます。

日本のPTAも任意加入の団体。
ところが現実では「自分の子どもが通っている学校に奉仕しなくてはならない」と義務化され、委員やお手伝いを振り分けられている、つまりは労働を強制されているわけです。

その結果として、「ブラックPTA」「PTA不要論」といった言葉が世間を騒がせています。
共働き世帯が増え、時間的な余裕が減っている今、「どうしてPTA活動が必要なのか」と存在そのものが問い直されているのかもしれません。

現場の小学校では、どうでしょうか。

私の子どもが通う小学校では、PTA本部役員決めはモメて、3時間ほどかかりました。
その日、子どものクラスは学級閉鎖で、私は役員決めに委任状を出していたのですが、昼間に電話がかかってきて「子どもを置いて学校に来てください」と言われました。
この状態で「PTAは子どもたちの福祉の増進のためにある」といえるのでしょうか。

それ以前の委員決めも、私はさらし者状態で委員を押しつけられ、ストレスがたまりました。
母親がイラ立つことで子どもにいい影響が与えられるのでしょうか。
とても不思議です。

□何パーセントの人がPTA広報紙を読んでいるの?

「こんなの、誰も読まないよ!」
昨年のPTA広報委員の集まりで、このような発言がありました。ちなみに、日本語が流ちょうなロシア人の方です。

私は非常にびっくりしたのですが、実は私も広報紙をほとんど読んでいませんでした。
「読まないものを作る」ことを当たり前だととらえていたために、冒頭の発言で実に考えさせられました。率直な、素晴らしい意見だと私は思います。

子どもの通う小学校では、毎月学校だよりと学年だよりが発行され、そのほかにもたくさんのお知らせが配られています。
PTAについても、各委員会から活動報告が発行されています。誰がどの委員になったのかは、学年ごとに配布されています。

それなのに、広報紙で再び委員名を列記して、活動紹介する必要があるのでしょうか。
何パーセントの人がじっくりと広報紙を読んでいるのでしょうか。

私自身、疑問を抱きました。

□広報紙も内容が出来を左右する

「そもそも、おもしろいPTA広報紙というものは世の中に存在するのか?」と疑問になり、検索したことがありました。
すると、あるんですね。
保護者にPTAについての意識調査を行って、「不要と思う」などと否定的な結果も含めて公開している広報紙があり、評判になっていました。
モノクロ印刷でしたが、つい読んでしまう。つまり、印刷の質などは広報紙の評価とは関係ないということです。

また、紙をやめてウェブに移行した例もいくつか見つかりました。
PTAの予算の中でも広報が占める割合が多く、ウェブにすることで印刷費が大幅に経費が削減されたとのことでした。
無料のブログサービスなどを利用すれば、ほぼ0円で、更新も簡単。紙とは違って紛失することもありません。

上記のことから、モノクロ印刷だろうがウェブだろうが関係なく、広報紙は内容が出来を左右するのだと私は考えています。

□「やらされ感」を減らして達成感を得るには?

家庭教育学級は年2回以上行う。広報紙も年2回以上発行する……
こうしたことが当たり前になると、開催や発行を継続すること自体が目的になって、慣習化します。

古くからの慣習には、本来の目的から外れた作業や現状に合わない非効率の作業が生まれるのが常です。
その結果として、委員の中には強い「やらされ感」を抱く人も出てくるのではないでしょうか。

「やらされ感」を少しでも減らすとしたら、目的に合った作業に絞って、効率よく進めていくこと。
そして生まれた時間的余裕で、各人が得意分野を生かし、自由な発想で工夫を凝らした仕事ができるようになれば、たとえ大変だったとしても達成感が得られるのではないかと仮定しました。

PTAは子どもたちの福祉の増進、環境改善を目指した教育運動だから、会長も委員長も平の委員も、みんな水平な組織です。
あくまでもボランティア活動です。

「PTA不要論」はひとまず置いておき、「ブラックPTA」については以下の3つで大きく改善できます。

○PTA本来の目的である「子どもたちの福祉の増進、環境改善」に合致しない活動をやめる

○世の中の技術革新に合わせ、活動を変化させる(広報紙については紙からウェブに移行する、など)

○「お金には代えられない、価値ある体験(達成感)」を重視する

がんばっても我慢しても報われない「ブラックPTA」に対して、「こんなの、誰もいらないよ!」と声を上げる。もしくはボランティアなので就労契約や業務委託契約の関係ではないので、「時間を取られすぎて生活に支障が出るので、辞めます」と委員や担当を降りる……
このような選択肢を、私たちは持っていてもいいのではないでしょうか。

自分のカードを用意しておくと、気持ちの余裕が生まれるはずです。
私はいつジョーカーを出すか、タイミングを計っているところです。
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