46億年前に地球ができてから、東京湾ができるまで(駆け足)
46億年前(冥王代)に誕生した地球。当時は、無数の隕石や微惑星が衝突する熱で、全体がドロドロに溶けた火の玉でした。
衝突がやんで地球の温度が下がると、雨が降り続けて40億年前(冥王代)に海ができます。
大陸は30億年前(始生代)にできて(バールバラ大陸)、数億年周期でいくつかの大陸が合体したり分裂したりしたとされています。
その後、地球の表面が凍りつく全球凍結(スノーボールアース)が、22億年前(原生代初期)、7億年前(スターティアン氷期)、6億3500万年前(マリノアン氷期)の少なくとも3回発生したと考えられています。なぜ全球凍結が起きたのか、どのように終わったのかは、わかっていません。
2億5000万年前(古生代のペルム紀)にあったパンゲア大陸が分裂し、ローラシア大陸などができて、1億年前(中生代の白亜紀)にユーラシア大陸ができました。
2600万年前(新生代の新第三紀)、ユーラシア大陸の縁で火山活動が始まり、大陸から陸地がいくつか切り離されました。日本列島は、大陸から切り離された陸地でできてきます。
切り離された陸地の一つは反時計回りに、もう一つは時計回りに回って、くっつきました。このくっついたところが現在のフォッサマグナです。反時計回りに回った陸地は日本列島の北東、時計回りに回った陸地は南西に位置しています。
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| 日本列島と日本海ができた仕組み 出典:日本列島の骨組みを組み替えた大断層|大鹿村中央構造線博物館 |
258万年前(新生代の第四紀)に始まった氷河時代には、氷期と間氷期が繰り返されて、海面が下がったり上がったりしました。この海の波などで陸地が削られます。
関東平野の一番基盤となる上総層群は、水深1000m以上の深い海で堆積した厚い地層で、この時期にできました。地殻変動で隆起して、陸地になりました。
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| 出典:都市域の地質地盤図「千葉県北部地域」(説明書)、一部改変 |
13万年前から12万年前までの(新生代の第四紀の更新世中期)、今よりも温暖だった間氷期に、氷河が溶けて海面が今より7〜10mほど上昇しました。これが下末吉海進(しもすえよしかいしん)です。
下末吉海進で、今の関東平野の大部分が海になり、古東京湾が形成されます。
下末吉海進のときに海底にたまった砂などが、下総台地の地層だと下総層群です。
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| 出典:都市域の地質地盤図「千葉県北部地域」(説明書)、一部改変 |
その後、やや寒冷化が進み、氷河ができて海面が下がり、大陸や島の間に陸ができました(陸橋)。陸橋を通って、日本列島にはナウマンゾウなどの大型哺乳動物がやって来ました。
2万年前(新生代の第四紀の更新世後期)の氷期では、氷河ができて海面が今より120~130mほど下がりました。今の東京湾は陸地になって、古東京川が流れていました。この川が周囲の陸地を削り、渓谷を作りました。
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| 出典:『東京の自然史』著: 貝塚爽平 講談社 |
1万6000年前〜2300年前の縄文時代(新生代の第四紀の更新世後期~新生代の第四紀の完新世)に入ると、地球全体が温暖化します。そして氷河が溶けました。7000年前〜4000年前が温暖化のピークで、海面が5mほど高くなり、関東平野の奥まで海が入り込んでいったのです(奥東京湾)。これが縄文海進です。
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| 縄文時代の関東平野(出典:江戸東京博物館X) |
縄文海進以降に、沖積層(ちゅうせきそう)と呼ばれる地層ができます。沖積層は、砂・泥・粘土が固まっていないので、軟弱です。
縄文海進が終わったのは、海水の重みで、海の底が沈んだからと説明されています。
縄文海進の後、今から約2000年前の弥生時代には海面が現在とほぼ同じになりました。
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| 出典:『東京の自然史』著: 貝塚爽平 講談社 |
千葉県市川市の北部にある下総台地は、下総層群、つまり下末吉海進のときに海底にたまった砂などでできています。
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| 出典:温暖期なのに昔の東京湾は冷たかった? |
私たちが崖などで目にすることができる地層は、下総層群の中でも上の層と、その上に積もった関東ローム層のようです。
江戸時代以降の東京湾の変遷は、市川みらいアーカイブでまとめました。
□千葉県は島で市川のほとんどは海の底! 東京湾の海岸線はどう変わっていったのか
■主な参考資料
日本海はどうしてできた?-日本海の海底地質
スノーボール・アース|東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻杉田精司研究室



















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