「また買っちゃった!」「ついやっちゃった!」を科学する行動経済学

実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。過去100年にわたりマーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた。
フィリップ・コトラー 日本経済新聞2013年12月31日朝刊「私の履歴書」

 人間の行動は必ずしも合理的ではありません。
 「タイムセールでボーダーのシャツを買っちゃったんだけど、家に似たようなシャツがあった」ということは、起こりがちです。
 こうした社会現象や経済行動を、伝統的な経済学に心理学をプラスして、実証的にとらえようとする学問が、行動経済学。

  『行動経済学の使い方』(著/大竹文雄 岩波書店)や『サクッとわかる ビジネス教養 行動経済学』(監修/阿部誠 新星出版社)、Wikipediaには、私たちのやりがちな意思決定の癖が整理されています。こうした資料をもとに、意思決定に関する用語をちょっとまとめてみました。

イラスト/ソコスト


バイアス bias

 「傾斜、傾き、斜め」を意味する、フランス語のbiaisに由来する言葉です。バイアスについてはいろいろな説明がありますが、かなり簡略化すると偏見や先入観です。

 行動経済学におけるバイアスとは、私たちが判断や意思決定をする際に、感情や経験、信念などに影響を受けることを指します。
 判断・意思決定については、疲弊しているときにはその能力が低下します。「もう疲れているから、どうでもいい!」「これ以上考えたくないから、決められない」というケースは、普段の生活でも遭遇しますよね。加えて、選択肢や情報が多すぎる場合や急かされている場合にも、能力が低下します。

確証バイアス  人はみな、わかることだけを聞いている ゲーテ

 自分の考えや信念に合致している情報を集める傾向です。

投影バイアス(プロジェクション・バイアス)

 「他人も自分と同じように考えているはず」と勝手に判断する傾向です。
 また、現在の状況を将来に過度に投影してしまい、「今、自分はとても元気だから、30年後も元気だろう」などと未来を正しく予測できない傾向も指しています。

現在バイアス

 直近得られる利益を、将来得られるより大きな利益よりも過大評価する傾向です。「ダイエットして3カ月後には3キロやせてスリムになろう」と決心したものの、目の前のお菓子を食べてしまうのは、現在バイアスの一例。計画はできるのに、実行するとなると現在の楽しみを優先し、計画を先延ばしにしていまいます。将来のことは我慢強い意思決定ができるのに、現在のことはせっかちな意思決定しかできません。

近視眼的バイアス

 将来よりも目先の利益を優先する傾向です。

現状維持バイアス

 変化よりも現状を維持すること望む傾向です。

損失回避バイアス

 損失を避けようとしたり、利益よりも損失を重視する傾向です。

メンタルアカウンティング(心理的勘定)

 意思決定をする際に、時間やお金などを単一の資源としてではなく、「これは〇〇のため」「あれは△△のため」というように異なるカテゴリーに分類することを指します。



ヒューリスティック heuristic

 私たちの思考には、直感(ヒューリスティック)と熟考(システマティック)の2つのパターンがあります(二重過程理論)。論理的に考えを組み立てずに、直感で判断・意思決定をすることがあります。直感による判断・意思決定がヒューリスティックです。短時間で結論を出すことができ、それは必ずしも正しさや適切さが伴うわけではありません。


ヒューリスティック⇔システマティック

直感、即決⇔熟考、吟味
高速⇔低速
努力が不要⇔努力が必要
経験的⇔合理的

 行動経済学の重要なテーマになっているのが、ヒューリスティックです。
 ヒューリスティック heuristicの語源はギリシャ語のheuriskeinで、heuriskeinには「見つける、考案する、得る」という意味があります。


利用可能性ヒューリスティックス 羹に懲りて膾を吹く

 正確な情報を使わずに、身近な情報(なじみのあること)や過去の印象、思い付きで意思決定することです。

選択的知覚(カクテルパーティ効果)

 騒がしいパーティ会場でも会話ができるように、さまざまな情報から自分の興味ある情報を選択して知覚する傾向です。
 例えば、Z世代に知らせたいことがある場合に、「10代のあなたに大切なお知らせ」などの文言を使うと、「他人事じゃない!」と相手の注意を引き付けることができます。


代表性ヒューリスティック 

 代表的・典型的なものだけで、全体も同様だと結論づけることです。

回帰の誤謬

 「平均への回帰」とは統計学的な回帰で、例えば1回目に極端に高い値が観測されると、2回目には平均より低い値が現れ、平均値に戻っていくことを言います。この平均への回帰を考慮せずに、複雑な因果関係を想定したり説明したりすることを指します。これまでのテストで数学の偏差値が45だった学生が、たまたま1回目テストで偏差値50となります。すると2回目のテストでは偏差値40になるというのが平均への回帰で、「2回目のときには体調が悪かった」「問題がおかしかった」と面倒くさく考えるのが回帰の誤謬となります。

ステレオタイプ 十把一絡げ

 「日本人は眼鏡をかけている」「銀行員は七三分けである」と国籍や職業、性別などの属性で決めつける傾向です。
初頭効果 人は見た目が9割
 最初に提示された情報に強く影響される心理的な傾向 を言います。
ピークエンド 終わりよければすべてよし
 感情が最も高まったとき(ピーク)の印象と、最後の印象(エンド)だけで全体的な印象を判断する傾向です。

固着性ヒューリスティック 

 頭の中で基準になっている数値や情報に強く影響を受けて判断・意思決定してしまう傾向です。

アンカリング効果 

 まったく無意味な数値や情報であっても、最初に与えられたものを参照点として無意識に用いて意思決定が左右されてしまう傾向です。

ハロー効果

 目立った特徴に引きずられて、全体の評価がゆがんでしまう現象です。


プラシーボ効果 鰯の頭も信心から 

 薬としての効き目がない偽薬(プラセボ)を服用しても、症状が改善したり、副作用が出たりする現象です。

サンクコストの誤謬 覆水盆に返らず

 サンクコスト(埋没費用、コンコルド効果)は、すでに支払ってしまって回収できない費用です。支払ったことが惜しくて、やめたほうがよいとわかっていてもやめられなくなります。取り戻せないサンクコストを回収しようとする意思決定が、サンクコストの誤謬です。

フレーミング効果(文脈効果)

 同じ内容であっても、表現方法が異なるだけで、意思決定が異なる傾向です。

極端回避性

 真ん中のものを選ぶ傾向です。例えば、松竹梅のように3段階に分けられたメニューは多くの人が真ん中の「竹」を選びがちです。
 また、買ってもらいたい商品には、おとりの選択肢を混ぜると、相手は選びやすくなります。500円のグッズを売りたいときには、同種で高性能かつ高価なグッズと低性能かつ安価なグッズをおとりとして混ぜます。

保有効果

 すでに所有しているものの価値を高く見積もってしまう傾向です。ある実験では、自分の持っているマグカップを手放すのに7ドルを必要としたが、持っていないから買う場合には2ドルを出すと答えたと報告されています。



時間的選好

 将来に消費することよりも現在の消費を好む心理です。

社会的選好 

バンドワゴン効果 長い物には巻かれろ、勝ち馬に乗る、「全米が泣いた」

 多くの人が支持しているものに対して、さらに支持が集まる心理効果です。

ハーディング効果

 「一人ぼっちになりたくない」という心理から、多くの人々と同じ行動を取る傾向です。長い行列につい並ぶ、友だちと同じグッズを持つなどの行動が挙げられます。

スノッブ効果

 「人と同じものは嫌だ」と、希少なものや特別なものを手に入れたくなる心理です。

ヴェブレン効果(見せびらかし消費)

 高価な商品やサービスほど需要が高まる心理効果です。自己顕示欲がくすぐられるのです。

互恵性

 親切な行動に対して親切な行動で返す心理です。ひいては、相手からの見返りを期待して、親切をする性質も含まれます。

利他性

  他人の利得から効用を得る心理です。

不平等回避

  不平等な分配を嫌う心理です。


プロスペクト理論 Prospect Theory

 prospectの語源は、ラテン語の「pro-(前の)」と「specio-(見る)」で、将来の可能性や見通しを意味します。
 プロスペクト理論については、意味さまざまなリスクがある不確実な状況での、意思決定の特徴やメカニズムを説明する理論です。

 期待効用理論(Expected Utility Theory)とは、不確実な状況下で意思決定を行うときに、期待効用(「こうなったらいいのにな!」)が最大になる選択肢を選ぶという理論です。その前提が、私たちは常に合理的な判断を行うというものです。
 一方のプロスペクト理論は、同じ不確実な状況下でも、私たちは合理的な判断はできないことが前提となります。

 参照点(リファレンスポイント)とは、利得(「やった!」)と損失(「がっかり」)の判断基準となる点です。例えば、アイドルのファンミーティングで握手会がなかった場合、「目の前にアイドルがいる。やった!」と思う人もいれば、「握手できると思ったのに。がっかり」と思う人もいます。同じ現象でも、価値の感じ方が違うのは、それぞれで判断基準が異なるからです。
 また、ファンミーティングの参加費が1万円だったとして、「うわ、高いな」と思った人が、さまざまな参加費を調べた場合に、「あのアイドルだと3万円なのか。だったら1万円ならそれほど高くないな」と感じるでしょう。このように、状況によって参照点は変化します。

意思決定の2つの段階


 意思決定には、編集(editing)と評価(evaluation)の 2つの段階があるとしています。

編集段階

 意思決定の前段階で、前処理ともいわれています。

ハウスマネー効果

 働くなど努力して得たお金を惜しむ一方で、ギャンブルなどで手に入れたお金はぱっと使いがちです。このような傾向をハウスマネー効果といいます。

確実性効果

 不確実なものより確実なものを強く好む傾向です。

評価段階

価値関数

プロスペクト理論からの幸福度分析の可能性より

 価値は、参照点(グラフの0)からの変化や、参照点との比較によって測られる相対評価です。
 利得局面ではリスクのある選択よりも確実な選択を好む(リスク回避的)人が、損失局面ではリスクが大きい選択を好む(リスク志向的)傾向が強くなります。

参照点依存性

 物事の価値には、絶対的な基準はありません。参照点と比較して相対的に価値を判断することが参照点依存性です。

感応度逓減性

 利益や損失の値が大きくなるにつれ、変化への感覚がにぶるという傾向です。

リスク回避的

 利得よりも損失を大きく嫌う傾向です。

リスク志向的

 損を確定することを恐れる「損失回避」から、リスクのある行動を取りがちであることです。

(例)株価が上昇した場合は利益確定はできるけれど、株価が下がった場合に損切りできない。株を持っている人が保有株が下がってきたときに、売却して損失を確定するよりも、また戻す可能性に賭けてしまう。競馬で負けている場合、最終レースで大穴を狙いに行く。


確率加重関数

 確率に対する感じ方を表したものを、確率荷重関数といいます。めったに起こらない飛行機事故や成功率の高い手術を恐れるのは、低い確率を過大評価して高い確率を過小評価するためです。
プロスペクト理論からの幸福度分析の可能性より



ナッジ

 「軽くひじでつつく」という意味で、選択の自由を確保しながら、金銭的なインセンティブを用いないで、行動変容を引き起こすことがナッジです。

ナッジを設計する際のチェックリスト1 「EAST(Easy、Attractive、Social、Timely)」


Easy 簡単
簡単か? 情報量は多過ぎないか? 手間がかからないか?

(例)結論から先に話す、選ばせたい選択肢をデフォルト(初期設定)にしておく

Attractive 魅力的、印象的
魅力的か? 人の注目を集めるか? 面白いか?

プロスペクト理論(何かを得ることの喜びよりも、それを失うことの痛みのほうが大きい)が利用される

Social 社会的(社会性)
社会規範を利用しているか? 多数派の行動を強調しているか? 互恵性に訴えかけているか?

Timely よいタイミング
意思決定をするベストのタイミングか? フィードバックは早いか?

ナッジを設計する際のチェックリスト2 「MINDSPACE(Messengers、Incentives、Norms、Defaults、Salience、Priming、Affect、Commitments、Ego)」


Messangers 誰が情報を伝えているか
権威のある、あるいは重要な人からの情報に影響を受ける

Incentives  報酬
損失回避など

Norms 社会規範
他の人がやっていることに影響を受ける

Defaults 初期設定
あらかじめ設定されたもの(初期設定)に従う

Salience 目立つ
目新しいものや、自分に関係のありそうなものに注意を向ける

Priming プライミング
無意識の手掛かりに私たちの行動が影響される
(例)赤い色→イチゴ、リンゴ

Affect 情動
感情に左右される
(例)天気がいいと株価が上がる

Commitments 確約
約束を公表すると、整合性を取るために、実行する

Ego 自我
自分に都合のよいことを行う

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 それから、多数派の行動を強調すると、相手の行動に変化を起こすことが簡単になるようです。例えば、「他の人はみんなこうしているよ」という表現を使って、本人がごく少数のグループに入っていることを示すのです。

 同じお金を渡す行為でも、「ボーナス」という利得を強調する表現だと消費を増やし、「還付」としたら所得が増えたと認識されにくいとのこと。

 また、お金を支払うときに、相手に贈与・お礼として認識してもらう工夫をすることで、互恵性が高まります。

 そして、残っている仕事よりも仕上げた仕事に目を向けたほうが、意欲が高まります。

 ナッジについては、厚生労働省のリーフレットでまとめられています。


https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000506624.pdf

■主な参考文献
エティモンライン

UTokyo BiblioPlaza - 東大教授が教えるヤバいマーケティング

CHAPTER 1
人は非合理的に行動する生き物 ― かしこいマーケターはそこに目を付ける
・マクドナルドのメニューはなぜ見づらい?
・楽をするからつけこまれる ― ヒューリスティックとバイアス
・都合よく解釈して「分かったつもり」 ― 確証バイアス
 
CHAPTER 2
その商品、本当に必要? ― プロダクト
・知覚を惑わすおとり商品 ― フレーミング効果
・イケアが人気の理由 ― イケア効果
・「訳あり」商品に隠された本当の狙い ― 両面提示広告の罠
・成功する企画、失敗する企画 ― カテゴリー一貫性
ほか
 
CHAPTER 3
値付けに込められた意図 ― プライス
・普通に買うより安いセット商品は本当にお得?
・「返金保証」で実際に返金を求める? ― ネガティブ・オプション・プライシング
・お店のダメージを最小限に抑える値上げの仕方 ― 価値関数
・頭の中には複数の銀行口座が存在する ― 心理的勘定
ほか
 
CHAPTER 4
広告を見る目が変わる ― プロモーション
・なぜ同じ広告を何度も流すのか? ― 単純接触効果
・恐怖をあおる広告の裏事情 ― ネガティビティー・バイアス
・限定商品に惹かれるメカニズム
・おとり広告の罠 ― ローボーリング、ベイト&スイッチ
ほか
 
CHAPTER 5
そこで買ってもいいのか? ― プレイス
・価格競争を避けるための差別化 ― ブランデッド・バリアント (流通経路専用モデル)
・嫌われる営業マンの作法 ― 心理的リアクタンス
・ステルス・マーケティングに要注意! ― ハーディング現象
・ソーシャルゲームにはまる人が続出するこれだけの理由
ほか
 
CHAPTER 6
消費者に見られる心理 ― コンシューマー
・気分がいいときや空腹時は買い物ダメ!
・まとめサイトには要注意
・サブウェイがいま一つブレークしない理由
・タイムプレッシャーが先送りを減らす
ほか
 
CHAPTER 7
売り手側の事情 ― コンペティター
・「最低価格保証」は本当にお得で安心?
・あなたは現金値引き派? それともポイント付与派?
・新規事業に参入すべきか、否かの分かれ目
ほか
 
CHAPTER 8
企業が知っておくべきこと ― カンパニー
・ペプシとコカ・コーラ、どちらがうまい?
・グループインタビューの落し穴 ― 集団における覚知の限界
・大体、失敗に終わる企業合併と買収 ― M&Aにおける「勝者の呪い」
・「成功の法則」は妄想 ― ビジネス書にだまされるな!
ほか


第1部 行動経済学とは?(行動経済学への招待;あなたは超合理的にはふるまわない;あなたは超自制的にはふるまわない;あなたは超利己的にはふるまわない)
第2部 人の行動の癖を見極める:非合理的行動の描写(ヒューリスティックとバイアス;利用可能性ヒューリスティック;代表性ヒューリスティック;固着性ヒューリスティック;その他のバイアス;その他のヒューリスティック)
第3部 非合理的な人の行動の理由を知る:非合理的行動のメカニズム(情報処理のメカニズム;プロスペクト理論;金銭に関する態度メカニズム:心理会計;取引に関する態度:取引効用理論;非自制的な行動:選好の逆転;社会的選好)
第4部 行動経済学の応用(ナッジ;マーケティング;金融;経営・自己実現)
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