「なにかあったらどうするんだ症候群」への処方箋としてのエフェクチュエーション
突然ですが、将来を考えると、不安になりませんか?
日本の未来については、少子高齢化による社会保障費の増大、労働力の不足、経済の縮小など、暗い話題ばかり。
そんな中、2年ほど前に話題になったのが、為末大氏がSNSでつぶやいた「なにかあったらどうするんだ症候群」です。「そんなことをやって、なにかあったらどうするんだ!」というフレーズを、大人たちはよく使いますよね。このフレーズの背景には、強い不安感、そして「不安だから、確実なことにしか手を出したくない……」という気持ちがあるように思います。
ただ、そもそも、確実なことなどありません。「未来は絶対にこうなる!」と断言するのは、往々にして占い師です。
マーケティングなどでは、大量のデータをもとに戦略を構築します。刻々と変化する状況をデータとして取り込んで予測を行うわけですが、それにも限界があります。
未来の予測ばかりを繰り返しているうちに、時間だけが残酷に過ぎていきます。何もせずに止まっているように見えたとしても、私たちは1秒ずつ、確実に老いていっています。加齢とともに心身は衰え、老眼になり、シワが増え、膝と腰が痛むものです。「なにかあったらどうするんだ症候群」の後には、「年を取っちゃって何もできなくなっちゃった症候群」になるでしょう。これは「行動しないことの機会損失」に当てはまります。
「なにかあったらどうするんだ症候群」から一歩踏み出すときに、役に立つと『クラナリ』編集人が考えているのが、「エフェクチュエーション」という考え方です。
実際、未来が人間の行動によって形作られるものである限り、未来を予測しようとすることはあまり意味のないことです。むしろ、未来を実現するための意思決定や行動に携わっている人たちを理解し、一緒に仕事をするほうがはるかに有益なのです。
また、「別に人生の目的なんてないし、自分でもどうしたいのかよくわからない」ということもあります。このケースにも、エフェクチュエーションは有効です。
手中の鳥の原則
エフェクチュエーションのスタートは、「手中の鳥の原則」。自分の手の中に納まっている事柄、具体的には関心、自分の人生経験、特性、趣味、能力、正確、知識、スキル、知り合いなどを確認します。
つまりは「やりたいこと」「やるべきこと」ではなく「今、できること」を起点に行動を起こすのです。知り合いについても、親しく、濃いつながりである必要はありません。行動を起こすと自然と人間関係も変化していくからです。
「私は誰か」を考える場合には、「〇〇社の社員」「主婦」ではなく、「漫画がとてつもなく好きだ」「料理を手早く作れる」というように具体的に関心や特性を挙げるといいでしょう。
そして関心については、心からワクワクする「表の関心」と、怒りや、欠点を侮辱されたことへの対抗心である「裏の関心」があると、『エフェクチュエーション』で紹介されていました
「手中の鳥」とは、A bird in the hand is worth two in the bush.(手中の1羽は、藪の中の2羽の価値がある)に由来するものです。
許容可能な損失の原則
第二は、「許容可能な損失の原則」で、「自分は何を失っても大丈夫か」「逆に何を失うことを危険だと思うのか」を自覚し、うまくいかなかった場合に、どこまでなら損失を許さるのかをあらかじめ考えておいてから意思決定をします。普段の買い物でも、「お! 新製品のお菓子が出たんだ。なになに、臭みがないドリアンの味? ヤバそうだな……でも100円か、なら買っちゃおう」などと判断しますよね。食べられなくて最終的には処分する可能性があっても、100円ならば許せるという考え方を、ほかの行動にも応用するのです。
『エフェクチュエーション』には、次の見出しがありました。
熟達した起業家は「命がけのジャンプ」をしたりはしない
「清水の舞台から飛び降りる」「虎穴に入らずんば虎子を得ず」などといいますが、飛び降りるときには腰に縄をつけて置いたり、虎の牙を通さない防護服を身に着けたりと、「けがをしても、死ぬことはない」「痛いけど、死ぬことはない」範囲を想定しておくわけです。そのポイントとして、次が挙げられていました。
許容可能な損失のポイント
新たな資源投入を必要としない行動から着手する(資源は、資金・時間・労働)
できるだけ一歩の幅を小さくする
新たな資源投入が必要となるタイミングを延期する
レモネードの原則
「レモネードの原則」は、When life gives you lemons, make lemonade.という格言に由来します。酸っぱいレモンでおいしいレモネードを作るように、望ましくない事態を避けたり無視したりせず、むしろ新しい価値の資源として積極的に活用することを指しています。
積極的に活用する際に、「手中の鳥の原則」にのっとります。「誰を知っているか」「何を知っているか」をベースに、「何ができるか」を考えるのです。
また、活用するための4つのステップが『エフェクチュエーション』に挙げられていました。
苦い経験を活用する4つのステップ
1 予期せぬ事態に気づく
2 同じ現実に対する見方を変える(リフレーミング)
3 予期せぬ事態をきっかけに「手持ちの手段(資源)」を拡張する
4 拡張した手持ちの手段(資源)を活用して新たに「何ができるか」を発想する
許容可能な損失とは、最悪の事態での損失を想定して、その中で許容できる範囲に損失をとどめようとする考え方です。ただ、損失が許容範囲を超える可能性も、もちろんあります。そんな場合でも、損失をテコとして活用するというのが、「レモネードの原則」です。
クレイジーキルトの原則
エフェクチュエーションに基づくパートナーシップは、自ら進んで関係を持とうとすることが特徴です。報酬や強制ではなく、自発的であることが大切。
またパートナーの役割も多様です。お客さんがスタッフになったり、相談相手が共同出資者になったりします。
こうした巻き込まれていくようなランダムな人間関係が「クレイジーキルトの原則」で、最初に完成形はありません。
『エフェクチュエーション』では「わらしべ長者」の説話が紹介されていました。
パートナーに対するアプローチは、問いかけが重視されています。どのようなコミットメントであれば可能かを繰り返し問いかけて、期待した資源とは違っていても、別のコミットメントが獲得できるならば、それでよしとするのです。期待した資源が得られなくても、失敗ではありません。
多様なパートナーシップを模索するには、説明するよりも、相手の話を多く聞くことが重要。
それから、パートナーシップを結びたい相手は、決して経済的な見返りを求めているとは限りません。「クラウドワークスに登録をしてもらえませんか」ではなく「エンジニアがフリーランスとして仕事ができる未来の働き方を、一緒に作ってもらえませんか」と問いかけた例が、『エフェクチュエーション』に掲載されていました。
飛行機のパイロットの原則
ここまで4つの原則のすべてに関係するのが「飛行機のパイロットの原則」です。「コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果に帰結させる」と説明されています。
予測して行動するよりも、エフェクチュエーションは大変でしょう。さらに予測についても、自分で情報を集めて検討するのではなく、誰かに予測してもらったほうが楽ですよね。ですから、古今東西、占いのニーズは高いのだと思われます。
なお、コントロールについては、他者を操ろうとすることではなく、自力で何とかすることを意味しています。
『エフェクチュエーション』では、まずは自分からの半径2メートルの範囲で、自力で何とかできそうな活動に集中することが述べられていました。未来に起こりそうなことを予測したり、過去の失敗や成功にこだわったりせず、「いま・ここ」に集中して、望ましい結果を導くために行動し続けるのです。
「別に人生の目的なんてないし、自分でもどうしたいのかよくわからない」という場合でも、自分の関心があること(老後の過ごし方などなんでもOK)で、半径2メートルの範囲で、自力でできる活動(健康チェックを行う、運動を取り入れてみる、財産を把握してみるなど)なら始められます。
本題の「なにかあったらどうするんだ症候群」に対しては、「なにかあったら、どうにかしましょう」というのがエフェクチュエーション的な処方箋です。5つの原則に「いま・ここ」の自分を当てはめながら、一歩踏み出すというのもアリかもしれません。
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新市場創造プロセスにおける不確実性と意思決定より、一部改変 |
■参考文献
「なにかあったらどうするんだ症候群」
やってみよう精神では安全が保たれないのではないかという意見についての反論
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