資本主義が別のものに置き換わったとて、この世は終わらないんじゃないか問題 金融商品や情報商材、新興宗教にご注意を
最近、ネット上で「資本主義の終焉」が語られています。
バブルが崩壊する。資本主義が終わる。そう来れば、その次はこの世が終わる。滅亡論を唱えて、不安を煽るのは新興宗教の専売特許のように思われているが、現在、伝統的宗教と思われている多くの宗教でも、そのように主張されてきた。仏教の多くは、末法思想を持ち、それは源氏物語の中にも自然に出てくる。
現在のこのような社会を見れば、過去のすべての偉大な宗教家、教祖たちは、この世の終わりだと思うに違いない。やはり、実際に、この世の終わりが来ているのだ。
「この世が終わる」
まるで終末論ですな……
著者自身が「かなり情緒的な議論になったと思われるだろう」と書いているとおり、文章から「この世」は具体的に何を指しているのかがわかりませんでした。皆さんがこの文章をお読みになって、個々に判断してもらえればと思います。
経済的不安や社会不安の真っ只中にいる若者は、将来に希望を持てず、「この世が終わる」という言葉に引き付けられるかもしれません。また「こんな世の中でも、あなただけは救われる方法がありますよ」という売り文句のビジネスが人気です。
ただ、先に自分の主張を述べると、「資本主義が別のものに置き換わったとて、この世は終わらないから、『資本主義の終焉』をうたい文句にした金融商品などは買わないでね」「スピリチュアルと経済がごっちゃになったような情報商材や新興宗教に注意してね」ということです。理由はこれから長々と述べます。
なお、多くの宗教で終末論のような世界観があるのは、人間というものは、根源的な不安や危機からの脱出願望を共通して抱いているからという説がありました。
人類は今他ならぬ人類の創造主“神”の意思によって終末(滅亡)を迎えようとしているのだ
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世界の終わりが描かれた『終末のワルキューレ』 |
まず、終わるとされている資本主義の特徴については、次のような記述が見つかりました。
次の 4 つの用語とほぼ同義と考えられる場合が多い。①自由主義社会②市場経済③利潤追求社会,あるいは経済成長至上主義④近代工業化社会
「資本主義」についての一考察 大澤 健
・私有財産制・利潤の獲得を目的に生産活動する・市場経済を前提としている
そして、資本主義の終焉については、世界各国の人々が本を出しています。今年亡くなった森永卓郎氏も、何度も語っていました。その理由として、次の4点が挙げられています。
1つ目は「許容できないほどの格差」だ。2つ目は「地球環境破壊」だ。3つ目は「少子化」だ。4つ目は「ブルシットジョブの蔓延」だ。
上記の「ブルシットジョブ」とは、無意味で不必要で有害な有償労働の形態で、『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(著/デヴィッド・グレーバー 岩波書店)には、取り巻き・脅し屋・尻ぬぐい・書類穴埋め人・タスクマスターが挙げられていました。
どうやら「資本主義が終わる」論のベースには、カール・マルクス(1818 - 1883年)の『資本論』(1867年にドイツで刊行)があるように見えます。
マルクスは、「成熟した資本主義は、その矛盾に耐えられず、やがて革命が起こる」と考えていたようです。しかし、歴史を振り返ると、市場経済や自由競争が特徴である資本主義が成熟するどころか、資本主義経済に移行しないうちに共産主義の国が生まれていました。
ロシア帝国がソビエト連邦に。
中華民国が中華人民共和国に。
カンボジアのポル・ポト政権。
歴史を振り返ると、1765年頃に産業革命がいち早く始まったイギリス、1775~1783年にアメリカ独立革命が起こったアメリカ、1789~1799年にフランス革命が起こったフランスなどは、資本主義経済になってから革命は起こっていません。
また、一部で「資本主義はマルクスが作った言葉だ」という説が流れていますが、以下のように否定されていました。
日本の「資本主義」は, 英語の capitalism一一あるいは仏語の capitalisme,独語の Kapitalismusなどーーーの翻訳であることはいうまでもない。 capitalismは, capitalistとともに,capitalに由来することばであるが, capitalistよりもずっと新しいことばである。今日,マルクス主義者によって,まるでマルクス固有の用語であるかのように使われているこのことばを,マルクスは知らなかった。このことばが今日確認できる形で姿を現わすのは, 1842年, J.-B.リシヤール (RICHARD)の『フランス語新語業』(Les Enrichissements de la langue francaise)においてである。その時の意味は, capitalistが「金持ち」という意味であったのに対応して,「富裕な人の身分」というほどの意味であった。1850年に,ルイ・プラン (LOUISBLANC)によって,新しい限定された意味が与えられた。彼は次のように書いている。「私が『資本主義』と呼ぼうとするもの,すなわちある者たちによる他の者たちを排除しての資本の占有」マルクスと同時代のブルードンは,この語を何度か用いており,しかも「見事に定義している。」すなわち,「収入の源である資本が,一般に,自身の労働によってそれを活用する人々に属していない経済・社会体制」であると。資本主義の語が人口に膾炙するのは, 20世紀のはじめに,ウェルナー・ゾンパルトによって,経済学研究上の重要術語として多用されてからである。
資本主義一一一来し方行く末 阿部 照男
また、Wikipediaによると、「共産主義」はフランスの思想家であるフランソワ・ノエル・バブーフ (1760 – 1797年)などが、「社会主義」はフランスの哲学者・政治経済学者のピエール・ルルー(1797 - 1871年)やアンリ・ド・サン=シモン(1760 - 1825年)が使い始めたとされているようです。
共産主義と社会主義の違いについては、私が探した限りでは、経済の専門家の論文や文章では述べられていませんでした。
日本国語大辞典には、次のように説明されています。
きょうさん‐しゅぎ【共産主義】〘 名詞 〙 ( [英語] communism の訳語 ) 私有財産制を否定する主義、思想のこと。マルクス主義では人類史の最後の段階で、階級は消滅し、生産力は高度に発達して、各人が能力に応じて働き、必要に応じて消費できるような社会のこと。そこに至るまでの過渡的段階は社会主義社会と呼ばれる。二〇世紀以後の新しい用語法として、修正主義的マルクス主義やフェビアン主義的な社会主義に対して、革命的マルクス主義の立場や運動をいう。コミュニズム。〔仏和法律字彙(1886)〕共産主義の語誌( 1 )「━主義」という言い方がまだ確立されていなかった明治初期は、「哲学字彙」に「communism 共産論」とあるように「━論」が多かった。しかし、ほぼ同じ頃、「社会主義」が現われ、間もなく一般化したのに伴って、「共産論」も「共産主義」に改訳された。( 2 )ロシア革命以前、「共産主義」は、財産をすべての人の共有にするという意味、つまり「社会主義」のより徹底した主義という意味に理解されていたが、より厳密に定義されて用いられるようになるのは、コミンテルン発足(一九一九)後、特に日本共産党が結成(一九二二)されてからである。→社会主義・主義
しゃかい‐しゅぎ【社会主義】〘 名詞 〙 ( [英語] socialism の訳語 )① 生産手段を社会全体の共有とし、個人が私有することを認めない社会制度。② 資本主義を否定して、生産手段の社会的共有により階級対立のない社会を実現しようとする思想および運動。狭義には、一九世紀にマルクス、エンゲルスによって主張された科学的社会主義をさす。③ マルクス主義で、共産主義社会の第一段階をいう。生産手段は社会の所有に移され、各人は能力に応じて働き、働きに応じて分配を受ける社会とされる。
以上から、マルクスの予測は、歴史を振り返ると、けっこう外れているということ。そしてマルクスの主張を、後世になってさまざまな立場の人が上塗りしているため、資本主義や共産主義、社会主義という言葉の使い方が人によって違うわけです。
現在の日本については、ある意味では「すでに資本主義が終わっている」状況かもしれません。
〇私有財産制→国民の納税で維持されている公有財産もある
「国民の私有財産権に対する侵害としての性質をもつ素材は、国民の総意の代表である国会が定めた法律によって負担する」という、いわゆる租税法律主義
〇自由主義社会→失業、健康、教育などの経済的・社会的課題に対する国家の法的な役割を重視されている
〇市場経済→ストップ高・ストップ安などの規制がかかる
〇利潤追求社会・経済成長至上主義→SDGs(エスディージーズ)が国連で採択され、企業の努力目標になっていることもある
格差が広がって貧困層が増えている場合は、選挙により貧困層の代表となる議員の数が増えて、救済する法律ができるでしょう。理屈上では。
また、国連人口基金のデータでは、世界人口は増えています。少子化については、一部の国で起こっている現象です。少子化が進んでいる国でも、移民受け入れなどで人口を維持する形で、ヨーロッパでは進んできました(うまくいっているとは思いませんが)。
森永卓郎氏が挙げていた「許容できないほどの格差」「地球環境破壊」「ブルシットジョブの蔓延」は、実は人間が増えすぎていることが原因で、「少子化」による人口減で解消する可能性もあるでしょう。
ブルシットジョブについては、人口が増えても失業率を下げておきたいとなると、どうしても増えるものではないでしょうか。少子化で人手不足になればブルシットジョブの減少にもつながると思われます。
未来についてはわかりませんが、私たちの想定を超えることを繰り返しながら、この世はなんとか続いていくのではないでしょうか。
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資本主義と対立する言葉として、共産主義・社会主義が用いられることがあります。
これらの言葉を追っていったところ、さまざまな民族主義がごちゃまぜになりながら、国が成立したという歴史がありました。
ごちゃまぜになったのは民族主義の代表として、次の2つが挙げられます。
〇パン・ゲルマン主義
ヒューストン・ステュアート・チェンバレンなどが、アーリヤ人が未来のヨーロッパを担う真の文化創造力を持った人種だとするもの。ドイツ民族至上主義の立場からドイツ帝国の下に中部ヨーロッパのドイツ民族を統合して、ドイツの政治的・経済的支配を世界的に発展させようとする主張。
〇パン・スラヴ主義
すべてのスラヴ民族の統一と連合をめざす思想と運動。19世紀の初めにスロヴァキアの詩人ヤン・コラールが唱え始めたという。
民族主義の勃興から冷戦に至るまでを、まとめてみました。
1848年 ボヘミアのプラハで史上初のスラブ民族全体会議が開催
1864年 イギリスのロンドンで第一インターナショナルが結成
マルクス主導で世界最初の労働者の国際組織が成立した。
1867年 ロシアのモスクワで民族大会でスラヴ大帝国の建設を主張
※ロシアのパン−スラヴ主義から除外されていたポーランドは、ロシアからの自立と大ポーランド建設という方向性を持っていた。
1877年 露土(ろと)戦争
オスマン帝国(1299~1922年に存在したイスラム帝国)と、ロシア帝国を中心とする連合軍(ルーマニア、セルビア、モンテネグロを含む)との間で行われた。
1878年 ベルリン条約締結
オーストリア=ハンガリー帝国(1867~1918年)はボスニアを占領。セルビア公国が完全な主権国家としてオスマン帝国から独立。
1889年 フランスのパリで第二インターナショナルが結成
ドイツ社会民主党が中心になって、国際社会主義運動組織が成立。
1891年 パン・ゲルマン主義の全ドイツ協会創立
1904年 日露戦争
ロシア帝国の皇帝はニコライ2世で、ロシアは日本に敗れた。
1905年 第一次ロシア革命
各工場の労働者が代表を選挙してソビエト(評議会)ができる。
1908年 オーストリア=ハンガリー帝国が、セルビア人が多いボスニア・ヘルツェゴビナの併合を宣言
1914年6月28日 サラエボ事件
ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボを訪問していた、オーストリア=ハンガリー帝国の帝位継承者夫妻が、セルビア人テロ組織のメンバーによって暗殺。
1914年7月28日 オーストリア=ハンガリーがセルビアに宣戦布告
翌日には首都ベオグラードを砲撃。ロシアはロシア軍総動員令を出してセルビアを支援。
1914年8月1日 第一次世界大戦の勃発
ドイツがロシアに宣戦布告して動員令を出す。
〇三国協商 ロシア、イギリス、フランス
〇三国同盟 ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリア
1917年3月 三月革命でロシア皇帝ニコライ2世が退位しロシア臨時政府が樹立
ロシアのペトログラードで、食糧配給の改善を求めるストライキが起こり、多くの労働者が参加して規模が拡大。要求も「パンをよこせ」から「戦争反対」や「専制打倒」となり、皇帝ニコライ2世は、このデモ隊の鎮圧を指示。警察隊と軍隊が出動し、警察隊の発砲によってデモ隊側に死傷者が出た。
軍兵士の一部が労働者側に参加。その動きは他の都市にも広がっていき、労働者や兵士を代表して革命を指導する評議会のソビエトが各地で結成。
ペトログラードでは臨時政府が樹立され、ニコライ2世に退位を促した。
1917年 十月革命で社会主義のロシア連邦共和国を樹立
レーニン率いるボリシェヴィキ(中央集権的共産党組織を主張したレーニンを支持する革命的左翼)が臨時政府を打倒。
旧帝政派の軍人やボリシェヴィキに反対する政党は、反革命軍として武装闘争を開始。
1918年3月 ボリシェヴィキがロシア共産党と改称しブレスト・リトフスク条約締結
十月革命後のレーニン政権がドイツなどと単独で講和した。
革命が波及することを恐れたイギリスやフランス、アメリカ、日本などは、反革命軍を支援。
1918年11月11日 ドイツ降伏
1919年1月 白ロシア社会主義ソビエト共和国共和国(ベラルーシ)、ウクライナ社会主義ソビエト共和国(ウクライナ)が成立。
1919年3月 コミンテルン(第三インターナショナル)結成
国際的な共産主義運動を指導する組織を、内戦中にレーニンが提唱。レーニンは世界各国の社会主義者を集めてモスクワで結成。
1919年6月 ベルサイユ条約(第一次世界大戦の講和条約)締結
1921年 ザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国(ジョージア・アゼルバイジャン・アルメニア)成立
1922年12月 ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が建国
ロシア・白ロシア・ウクライナ・ザカフカースの4つの共和国が連合
1939年 第二次世界大戦勃発
〇連合国 イギリス、フランス、アメリカ、ソ連、中華民国など
〇同盟国(枢軸国) ドイツ、イタリア、日本
1939年 ソ連がポーランドに侵攻して東半分を制圧し、フィンランド・バルト三国などを併合
1943年 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国が成立
1945年 アメリカ・イギリス・ソ連によるヤルタ会談の後、第二次世界大戦終結
1945年 ルーマニア社会主義共和国が成立
1946年 ブルガリア人民共和国、アルバニア社会主義人民共和国が成立
1947年 ポーランド人民共和国が成立
1947年 トルーマン・ドクトリン発表
アメリカが共産主義の封じ込めを目的とした世界政策を発表。
1948年 チェコスロバキア社会主義共和国が成立
1949年 ハンガリー人民共和国、ドイツ民主共和国が成立(東ドイツ)が成立
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冷戦の始まりは、1947年のトルーマン・ドクトリンとされています。
冷戦では、国と国とが争う表立った戦争のほかに、クーデーターやテロなどが恐れられていました。
〇クーデター coup d'etat フランス語の「coup d'état」で「国家への一撃」
〇テロ terrorism フランス語の「terreur」で「恐怖政治」「恐怖をもたらすこと」
〇反乱 rebellion ラテン語の「rebellio」に由来し「再び戦う」
〇革命 revolution ラテン語の「revolutio(レボルゥチオ)」に由来し「再び回転する」
〇ゲリラ guerrilla スペイン語の「guerrilla(ゲリーリャ)」に由来し「小さな戦争」
共産主義では、「革命」を輸出することで、共産圏(東側陣営、共産主義独裁体制)を世界革命に広げることが掲げられていました。そのため、非共産主義国でクーデーターやテロなどを発生させたり、共産主義者が国家中枢や軍中枢に入り込んだりしていたのです。もちろん、逆の現象も起こりました。
やがて、資本主義も共産主義も経済的に行き詰まってきます。
そして地中海のマルタ島でアメリカのジョージ・ブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ最高会議議長兼党書記長が、冷戦の終結を宣言しました。
とはいえ、朝鮮半島の緊張やウクライナ紛争などの形で、冷戦の影響は続きます。二大国が宣言したからといって、世界は急激には変わらないものだと歴史は示しています。
「終わり」を迎えたとされることでも、実際は続いていることは珍しくありません。
■主な参考資料
なぜ人びとは終末を信じたがるのか
社会主義・共産主義的世界観の特質と問題点
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