神社の狛犬、前から見るか? 横から見るか?
縄文時代から集落が作られ、古い歴史を持つ市川市。市内にはたくさんの神社があり、入り口にはたいてい狛犬が置かれています。
この狛犬に、さまざまなバリエーションがあることを知っていますか?
まず、基本中の基本として、神社の入り口に2体ある「狛犬」と呼ばれる像は、実は両方とも狛犬というわけではありません。
本当は「獅子と狛犬」なのですが、現代では狛犬と総称されているのです。
口を開けているのが獅子で、閉じているのが狛犬 白幡神社(宮久保) |
石でできた狛犬の歴史をさかのぼると、最も古いものは鎌倉時代の1196年に作られたそうです。そして時代とともに、工芸品として職人たちの手で数多くの型に発展したようです。
そんな狛犬の探求をライフワークにしている狛犬研究家の山元環樹さん(市川市在住)。
狛犬について詳しいことは「狛犬千万無量」を隅々まで読んでいただくこととして、ここでは神社参拝の際に知っておくと楽しい「狛犬うんちく」を少しだけ紹介しましょう。
なお、今回は獅子と狛犬を狛犬と総称します。
白幡天神社の狛犬(獅子)は「江戸尾立」 |
ルーツは
スフィンクス?
狛犬のルーツは、エジプトのスフィンクスではないかと「狛犬千万無量」には掲載されています(諸説あり)。スフィンクスは、ライオンの体と人間の顔を持つ怪物です。ウィキペディアには「古代インドで、仏の両脇に守護獣としてライオンの像を置いたのが狛犬の起源とされる」と書かれています。
共通点はライオン。
ライオンから派生させていった結果として狛犬ができたのだとしたら、人間の想像力はとても豊かですね。
先に述べたように、石造狛犬は鎌倉時代に作られ始めたようですが、多様化したのは江戸時代とのこと。
江戸時代には、今でいうところのパワースポットブームやスピリチュアルブームが巻き起こっています。「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われ、お稲荷さんがたくさん建立されたと伝わっています。狛犬がたくさん作られたことも、こうしたブームと関係しているかもしれません。
当時のパワースポットブームで栄えたのが、行徳。
常夜灯は「文化9年(1812)に江戸日本橋西河岸と蔵屋敷の講中が航路安全を祈願して成田山に奉納したもの」と市川市のホームページで紹介されています
江戸から成田山までの中継地として、行徳にはたくさんの人が行き来したのでしょう。
常夜灯 |
顔の周りの鬣が
石工の腕の見せ所
「狛犬千万無量」によると、狛犬作りでは石工が技を競い合い、鬣(たてがみ)が腕の見せ所だったとのこと。狛犬の顔の周りの巻き毛のようなものが鬣なのだそうです。
顔の周りの鬣 |
狛犬について予習して参拝すると、また違った楽しみが生まれそうです。
鑑賞ポイントは、前面だけではないのですね。前から横から後ろから、じっくりと眺めるのも楽しいでしょう。
それから、仔狛犬が、甘えるようなしぐさをしている姿も、かわいらしいものです。ほっこりと、心が温まります。
諏訪神社(平田)の仔狛犬のおしりがかわいい |
神社参拝の際には、狛犬にもぜひ目を向けてください。
○狛犬千万無量
https://komainu-senman.amebaownd.com/
○狛犬千万無量 市川市の狛犬図鑑
https://drive.google.com/file/d/1yWuKxV-D_WW-7xjhsYIrmfqjkmclMrbH/view
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