消毒の歴史を調べてみた

 消毒といえば、イグナーツ・ゼンメルワイス。その生涯を知ると、悲しみと怒りに襲われます。消毒の意義を発表した過去の医学者を調べたところ、ゼンメルワイスのほかにも、「なかなか、その効果が信じてもらえない」「"権威"に踏みつぶされそうになる」というケースが少なくないものです。

 今回は消毒の歴史をたどっていきますが、まずは用語のおさらい。 

洗浄(cleaning)
対象物に付着している有機物や汚れを物理的に除去すること

消毒(disuinfection)
微生物の感染性をなくすか、菌数を減少させること(感染を生じない程度に微生物の数を減らす)

物理的方法:加熱、光線照射(直射日光、紫外線)、炉過
化学的方法:塩素剤(塩素、次亜塩素酸塩類)、エタノール、クレゾールなど

滅菌(sterlization)
すべての微生物を殺滅させるか、完全に除去すること
物理的方法:高圧蒸気法、乾熱法、炉過法、放射線法、ガス法

※炉過は「炉(いろり)」という漢字から、火を使って高温で熱する過程と推測しています。「濾過」ではなさそうだと……
※エタノール(別名:エチルアルコール)は、アルコールの一種です。

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 医学の起源は、呪術や魔術、そしてこれらが発展した宗教でした。
 古代エジプトでは、ミイラの作成の際にすでに消毒が行われていて、ピッチ、タール、松やになどが用いられたとされています。
『ミイラ学 エジプトのミイラ職人の秘密』


 また、旧約聖書には、紀元前の火災による殺菌や、住環境を清潔にする必要性の記述があるとのこと。インドのバラモン教の聖典『ヴェーダ』にも、汚れた水は煮沸し、太陽の光にさらし、そして炉過をして使用するようにと書かれているそうです。

 古代ギリシアの医師であるヒポクラテス(紀元前460-紀元前370年)は、傷の化膿を防ぐために、局所の洗浄、手術時に煮沸水で手を洗うこと、創傷部を被覆することの重要性を説いていて、外傷の手当てや感染の予防手段として、ヨーロッパでは中世までも行われていました。

 中世での科学の発展の地は、中東です。
 ジャービル・イブン・ハイヤーン(721-815年)がアランビックという装置を発明したことで、アルコール度数が高い蒸留酒が作れるようになりました。
 蒸留酒は、1346年から1353年までに大流行したペストから身を守る「生命の水」として重宝されました。そして蒸留技術は、ヨーロッパ全土に広まりました。

 ルネサンス後の近代のヨーロッパでは、数多くの発明・発見がなされました。

 1774年に、スウェーデンの化学者・薬剤師であるカール・ヴィルヘルム・シェーレ(1742-1786年)が塩素ガスを発見しました。
 シェーレは、シュウ酸、クエン酸、安息香酸、乳酸、尿酸、亜ヒ酸、モリブデン酸などの多くの化学物質を発見し、また、塩素、マンガン、バリウム、モリブデン、タングステン、窒素、酸素などの化学元素の発見にも功績を残しました。


 塩素による漂白作用は、1785年に、フランスの化学者クロード・ルイ・ベルトレー(1748-1822年)により発見されましたが、塩素自体のにおいと毒性の強さから、実用化は困難でした。
 その後、塩素を石灰水に溶かすと安全で、漂白作用を維持できることに気づいたベルトレーは、1786年に、スコットランド出身の発明家のジェームズ・ワット(1736-1819年)にこのことを教え、ワット経由で伝えられたイギリスのチャールズ・テナントが、1799年に固体で保存できるクロール石灰(次亜塩素酸カルシウム、さらし粉)を開発しました。

 1825年に、フランスの化学者・薬剤師のアントワーヌ・ジェルマン・ラバラック(1777–1850年)が、感染創の治療にクロール石灰を使用した論文を発表したとのこと。伝染病患者を担当する医師や医療スタッフに対して、塩素化合物溶液に手を浸すことで感染予防の有用性が認められたという内容だったようです。
 塩素をクロール石灰という形で消毒に使用したのが、消毒薬の始まりです。とはいえ、消毒薬を使うのは、まだ一般的ではなかったようです。
 
 消毒といえば、ハンガリー出身の医師であるイグナーツ・ゼンメルワイス(1818-1865年)です。かなり不遇の人生を送りましたが、後世に「病院衛生と消毒の父」と呼ばれました。
イグナーツ・ゼンメルワイス(Wikipediaより)


 1841年に、クロール石灰で手指の消毒を行えば、感染は防止できることをゼンメルワイスは発見し、産科の処置前にクロール石灰による手洗いを推奨しました。すると、産褥熱による死亡率が12.3%から3.4%に低下したのです。

 イギリスの外科医であるジョセフ・リスター(1827-1912年)は石炭酸(フェノール)の複雑骨折の外科手術用殺菌剤として使用し、その消毒効果を1867年に医学雑誌『ランセット』で発表しています。手術時に石炭酸を浸した包帯で密封することによって、敗血症が激減したそうです。
ジョセフ・リスターWikipediaより)


 石炭酸については、1834年にドイツの科学者であるランゲが、製鉄の副産物コールタールから発見し、リスターが消毒に使う前までは汚水の消臭剤として用いられていました。


 「近代看護と看護教育の創始者」と呼ばれているイギリスの看護師のフロレンス・ナイチンゲールは(1820-1910年)は、1854年にクリミヤ戦争の戦地であるスクタリ(トルコ)の陸軍病院に赴き、傷病兵の看護に当たりました。その際、寝具類は煮沸器で消毒していました。
フロレンス・ナイチンゲール(Wikipediaより)


 1870年代には手指消毒に、昇汞水(しょうこうすい、塩素と水銀の化合物である塩化第二水銀)が使用されるようになりました。昇汞水には強い毒性があり、頻回に使用することで皮膚に障害が発生しました。現在では工業用の染色剤に使用され毒物指定されており、手指消毒には使用されていません。

 1876年、ロベルト・コッホ(1843-1910年)が細菌を発見し、感染の原因が微生物だとわかりました。

 そしてフランスの外科医であるフェリックス・テリエ(1837-1908年)が、手術に使用するものすべてに煮沸消毒を行う「無菌法」を提唱しました。

 
 1878年に、アメリカの軍医であるジョージ・ミラー・スタンバーグ(1838–1915)が塩化化合物の消毒効果発見し、米国公衆衛生協会は1886年に次亜塩素酸ナトリウムを殺菌剤として認定しています。
 次亜塩素酸ナトリウムを合成したのは、WattC(検索したものの、不明)で1851年だったとのこと。


 そして現在の日本では、ガイドラインに沿って、消毒が行われているようです。厚生労働省のサイトに資料があったので、詳しくはそちらを参照してください。

■消毒薬の効果に影響を及ぼす因子
〇濃度 濃度が高くなれば殺菌効果は高くなる
〇時間 一定の接触時間(作用時間)が必要
〇温度 温度が高くなれば殺菌力は強くなる 一般的には20℃以上の温度(高温での失活注意)

■消毒水準の分類
〇高水準消毒:芽胞が多数存在する場合を除き、すべての微生物を死滅させる
グルタラール
過酢酸
フタラール

〇中水準消毒:結核菌、栄養型細菌、ほとんどのウイルス、ほとんどの真菌を殺滅するが、必ずしも芽胞を殺滅しない
ル(エタノール)
ポビドンヨード
次亜塩素酸ナトリウム

〇低水準消毒:ほとんどの栄養型細菌、ある種のウイルス、ある種の真菌を殺滅する
 第四級アンモニウム塩(ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物)
クロルヘキシジングルコン酸塩
両性界面活性剤

■参考資料
消毒薬の適正利用 今昔物語

消毒の意義とその必要性

食品加工と微生物その21

実践科学としての医学における作法の美しさについて

消毒の長い歴史

没後100年,今ふたたびのナイチンゲール――『看護覚え書』に学ぶ(岩田 誠,川島みどり)

小 動 物 臨 床 に お け る ク ス リ の 使 い 方(XVIII)6.  消 毒 薬 の 薬 理 作 用 と そ の 使 い 方(そ の1)

産業革命

医学史とはどんな学問か 第1章 ギリシア・ローマ文明とキリスト教における医学と医療

知れば知るほど飲みたくなる!「世界の蒸留酒」~第13期 薩摩金山私学校特別講座レポート~

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