「進化へ向けての変化そのものは内から起きる」 『生きもの上陸大作戦 絶滅と進化の5億年』

 四足動物の特徴の多くが、まだ水中にいる間に進化していたというなんとも興味深いことがわかってきているのです。その後を知っている私たちは、ついここで準備をしているように見てしまいますが、魚たちがその先を知っていたわけではない……進化を追う面白さです。
 進化は、最終的には環境に適したものが生き残るという選択がかかった結果が見えてくるので、環境への適応や自然選択こそ進化を語るものとして強調されますが、進化へ向けての変化そのものは内から起きるということがここから見えています。
『生きもの上陸大作戦 絶滅と進化の5億年』(著/中村桂子、板橋涼子 PHP研究所)

 私たちは、つい、もっともらしいこと、偉い人が言っていること、自信ありげに断言されていること、なんだか格好がいいことを信じる傾向があります。こうしたことは、心理学の分野ではよく研究されているようです他人のもろさを見抜いて操る人々! 彼らが使う心理テクニックを知ることも大事

 よく取り上げられるのが、ダーウィンが言ったとされる言葉。
「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」

 いやあ、格好いいですよね。でも、ダーウィンではなく、アメリカの経学者であるレオン・メギンソンによるものです。
 『種の起源』を読んでみたのですが、まだるっこしいというか、なんというか……
 訳者も「ダーウィンとはそのような文章を書く人だ」と述べていました。

 ⽇本⼈間⾏動進化学会は、次のように警告しています。
しかしダーウィンの著した⽂献にこのような記述はなく、メギンソン(Leon C. Megginson) が⾃⾝の解釈として述べた⽂章が、あたかもダーウィンが主張したかのように誤って流布したものだと指摘されています(引⽤ 2、3)。また、進化論は変化できる者のみが⽣存できるとは主張していないのです。進化は「集団中の遺伝⼦頻度の変化」のことであり、個体の変容に関する⾔及ではありません。さらに、すでに述べたように、⽣物の進化のありようから、⼈間の⾏動や社会がいかにあるべきかを主張することは、論理的な誤りです。

 生物の陸上への進出も、一つの進化といえますが、あえて、そしてわざわざ「変化に適応した」というよりも、たまたま現在の環境で変わったものが、環境の変化の中で生き残りやすかったという偶然の産物かもしれません。

 ここでは、生物の陸上への進出と、またも腎臓について、調べてみたいと思います。

 生物が陸上に進出したのは、古生代です。 そんな古生代とは、いつなのでしょうか。
 デジタル大辞泉には、次のように説明されていました。

こせい‐だい【古生代】
読み方:こせいだい

地質時代を三大区分したうちの、最初の時代。5億7500万年前から2億4700万年前まで。古い順に、カンブリア紀・オルドビス紀・シルル紀・デボン紀・石炭紀・ペルム紀の六紀に区分される。海生の無脊椎動物が栄え、後半には魚類・両生類も発展した。植物では藻類・シダ類が栄えた。

カンブリア紀:5億7500万年前から5億900万年前まで
オルドビス紀:5億900万年前から4億4600万年前まで。オウムガイの全盛期で、三葉虫(さんようちゅう)や筆石(ふでいし)が発展し、甲冑魚(かっちゅうぎょ)が出現した。
シルル紀:4億4600万年前から4億1600万年前まで。海中では筆石(ふでいし)・珊瑚(さんご)・三葉虫が栄え、陸上では下等なシダ類が出現した。
デボン紀:4億1600万年前から3億6700万年前まで。魚類やシダ植物が繁栄し、両生類が出現した。
石炭紀:3億6700万年前から2億8900万年前まで。巨大なシダ植物が大森林を形成し、両生類が栄え、爬虫類・昆虫類が出現。海中では珊瑚(さんご)・紡錘虫などが栄えた。
ペルム紀:2億8900万年前から2億4700万年前まで。両生類・紡錘虫が繁栄し、裸子植物が発展しはじめた。南半球には広く氷河が発達した。



 両生類が出現したデボン紀が、すなわち、脊椎動物の陸上への進出した時期となります。
 海の中で誕生した生物にとって、周囲に水も食塩(NaCl)もない環境に適応するために、腎臓が発達したと考えられています。

 ただ、腎臓の発達の第一段階は、陸上進出よりも前の、川への進出があるようです。
古生代の水生生物(Wikipedia 原作/Dave Souza)


脊椎動物、上陸までの軌跡 ※元データについては、文末に記載

5億2000万〜5億500万年前(カンブリア紀~オルドビス紀):脊索動物から脊椎動物への進化

4億6000万年前(オルドビス紀~シルル紀):アランダスピス 魚類の進化の初期段階、あごがない(無顎類)
体長が15センチメートルほどだったとされるアランダスピス(Wikipedia 原作/Nobu Tamura )

4億年前(デボン紀):プテラスピス 川に進出、腎臓を持つ魚類
体長25センチメートルほどのプテラスピス(Vladislav Egorov3D model〉, Jaagup Metsalu〈render〉)

3億8500万年前(デボン紀):エウステノプテロン 肺を持つ、現生の多くの脊椎動物・四肢動物の祖先、胸びれ・背びれ・腹びれ・尾びれのつけ根に3本の骨がある
3億8000万年前(デボン紀):パンデリクティス 頭が大きい
3億7500万年前(デボン紀):ティクターリク 魚類(ひれ・うろこがある)と陸生動物(頭が扁平、胸びれに骨=原始的な手首がある)の特徴を併せ持つ、「腕立て伏せのできる魚」
3億6750~3億6250万年前(デボン紀):イクチオステガ 最古の両生類、指が7本
3億6500~3億6000万年前(デボン紀):アカントステガ 原始的な四肢動物、水生動物、四肢と尾を持つ、指が8本


 冒頭の引用に出てくる「進化へ向けての変化そのものは内から起きる」という文章は、アカントステガ(『生きもの上陸大作戦 絶滅と進化の5億年』だと「アカンソステガ」)と関係しています。ウィキペディアには、次の記述があります。
アカントステガは浅瀬や植物の茂った湿地に住んでいて、脚は地上を歩くこと以外の目的で使われたと推測される。Clackは、アカントステガは手足を得て陸上を這っていたというよりも魚から進化しつつあった水生動物であるという解釈を示している。
アカントステガの復元模型(Wikipedia、原作/Dr. Günter Bechly )

 以前は「陸上生活を送るために、魚類のえらが四肢に変化した」という説が主流だったようです。しかし、アカントステガは四肢があるにもかかわらず、川の浅瀬などで水中生活を送っていたとされています。陸上=四肢という、なんだかもっともらしい話と、アカントステガの化石が示していることとは違っていたようですね。

 では、腎臓はどうかというと、現在のところ、海から川へ進出したプテラスピスという魚類の出現の際にできたと考えられているとのこと。
 ウィキペディアで紹介されている、プテラスピスのビジュアルが、なんか変。
プテラスピス(Vladislav Egorov3D model〉, Jaagup Metsalu〈render〉)

 顔に角が生えているように見えます。体長は25センチメートルほどとのこと。フナぐらいの大きさになるのでしょうか。
 食塩が含まれる海水から、淡水へと進出する際に、頭部は硬くなり、胴体はうろこで覆われたようです。プテラスピスの体内は、私たち人間と同様、塩分濃度が高くなっています。防御なしに川に入ると、周囲の濃度と同じになるまで、体内に水が引き寄せられて細胞が膨張してしまい、生命活動が維持されなくなります。
 そのため、うろこが体内と体外を分けるために必要となったのでしょう。

 また、呼吸のために口から水を取り込みます。水を排出させて体内の塩分濃度を一定に保つ(ホメオスタシス)のために、腎臓が発達したと考えられているようです。

 うろこをまとい、腎臓を発達させるといった面倒なことを、なぜ行ったのでしょうか。
 当時の海には、オウムガイという捕食者がいて、それから逃れて生き延びるために、川へと進出したという説があります。
 オウムガイは「生きた化石」と呼ばれていて、現在も生き残っています。
体長20センチメートルほどのオウムガイ(もある、撮影/みなみちゃん)

 東北大学総合学術博物館のサイトによると、オウムガイは、カンブリア紀に海に現れました。最初はまっすぐな角のような細長い円錐形だったとのこと。
その後、デボン紀に渦巻き状に巻いた、現在の形に近いものが現れました。

 アンモナイトは、デボン紀の一つ前のシルル紀に、オウムガイから分かれる形で現れました。デボン紀以降は多くの種類を増やし大繁栄したものの、中生代の終わりの白亜紀末に絶滅。

 なお、アンモナイトとオウムガイの違いについては、レファレンス協同データベースに記載されています。

 アンモナイトの絶滅は、6600万年前に小惑星が地球に衝突したことで起こった気候変動が関係しているとのこと。このときに恐竜も絶滅したと、東北大学のプレスリリースに書かれています。
 小惑星が衝突したのはメキシコのユカタン半島で、突然の出来事だったのでしょう。生物は衝突など予測せず、ただ生きていて、たまたま衝突のショックに耐えられた生物が私たちの祖先になったということでしょう。まさに「絶滅と進化の5億年」。
 「生物が生き残る意志を持って、自らを変えた」的な表現は、格好はいいのですが、やはり現実は違うようですね。

 ちなみに、『生きもの上陸大作戦 絶滅と進化の5億年』はJT生命誌研究館の展示「生きもの上陸大作戦」をベースに作られた模様。サイトが充実しているので、お勧めです。

■生きもの上陸大作戦




※「脊椎動物、上陸までの軌跡」について
 ネット上には、次のデータがあります。土肥 眞医師が作成したものです。

魚類の進化:上陸への1億年の軌跡

4億6000万年前:最初の魚類:アランダスピス
4億年前:腎臓を持つ魚類:プテラスピス
3億9000万年前:脊椎を持つ最初の魚類:ケイロレピス
3億7500万年前:ティクターリク (魚類と両生類の中間:関節のある鰭)
3億7000万年前:肺を持つ最初の魚類:ユーステノプテロン
3億6750万前:最初に上陸した両生類:イスチオステガの誕生
3億6750~6250万年前のある時、 ついに上陸


 
 ただ、東京大学総合研究資料館のサイトに、以下の記述がありました。

「脊椎動物は淡水域に起源があり、初期の魚類の進化は淡水域で起こった。したがって、硬骨魚類も淡水域に出現し、その後海洋に進出した」と長い間考えられてきた (Romer, 1968)。しかしながら、現在では、多くの化石の証拠から、「脊索動物から脊椎動物への進化は、古生代のはじめ頃(カンブリア紀後期、約5億2000万〜5億500万年前)に、浅海域で起こり、したがって初期の魚類の進化の舞台は海であった」と考えられている (Carroll, 1987; Long, 1993)。最初に出現した脊椎動物は顎を持たない無顎魚類であるが、デボン紀(約4億800万〜3億6000万年前)になるまでには、全ての主要な有顎魚類(板皮類、棘魚類、軟骨魚類、硬骨魚類)が次々と海に出現した (Carroll, 1987; Long, 1993; Denison, 1978; Zangerl, 1981)。それでは、古生代に出現した硬骨魚類は、その後どのような進化の道を歩んだのであろうか。

 そこで、2つのデータを融合させて、『クラナリ』版の「脊椎動物、上陸までの軌跡」を作成しました。

※フリーランスの編集者・ライターである『クラナリ』編集人(バリバリの文系)は、腎臓に関する記事や書籍に携わる機会が多いため、腎臓に関していろいろと考察しています。素人考えですが。
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