「古代から17世紀まで、どうして錬金術に夢中になった人々がいたのか」 文系人間がまとめてみた 番外編 アラブ、イスラーム、中東。さて、何が違う?

 千葉県立西部図書館まで足を運びました。こちらの図書館の特徴は「自然科学・技術・工学分野の参考図書、専門図書などが中心」。蔵書を近くの市立図書館に取り寄せたことが何度かあり、「中世のイスラーム世界の錬金術の資料があるかも」と期待していました。


 蔵書を何冊か読んだ際、「○○はアラビア語で文献を残したが、ペルシア人だ」「アラブ人だがキリスト教徒だ」というような説明が見られました。

はて?

 用語について知っておいたほうがよいと考え、帰宅して、検索してまとめました。その内容は、以下のとおりです。

アラブ ←言語絡み

 アラビア語を使う人々(アラブ人)が住む地域です。さまざまな人種の住民がいて、イスラム教徒もいればキリスト教徒も存在します。紀元前2500年から紀元前600年にかけてメソポタミアで話されていた言語が、アラビア語の起源とされています。アラブの意味は、「砂の民」「遊牧を行う人」。

 アラビア語が公用語であるのは、アラビア半島全域とイラク、シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン、エジプト、スーダン、リビア、アルジェリア、チュニジア、モロッコ、モーリタニアです。

 トルコ(トルコ語)、イラン(ペルシア語)、イスラエル(ヘブライ語)、アフガニスタン(パシュトー語)は、アラブに含まれません。

ペルシア  ←地名絡み

 古代ギリシア人が、イラン平原西南のファルス地方にちなんでPerse、Persanと呼んだことから「ペルシア」、または漢字表記である「波斯」が用いられていました。イラン(語源は「アーリア人」)の旧称でもあります。

イスラーム世界(イスラーム文化圏)  ←宗教絡み

 イスラーム(イスラム教)を信仰している人々(ムスリム)の文化圏です。インドネシアはムスリムが多いことで知られています。

中東  ←ヨーロッパからの方向絡み

 イギリスが作り出した概念で、トルコなどが近東、ペルシア湾沿岸からエジプト周辺までが中東、日本は東の果てなので極東と呼ばれています。中近東は、近東と中東を合わせた地域ということになります。

 ちなみに、「文字 変換」という日本語をGoogleの翻訳機能を使ってアラビア文字とペルシア文字に変換すると、次のとおりです。

アラビア文字

ペルシア文字

 非常に似ていて、区別がつかないのではないでしょうか。この2つの文字は、どうやら中国語の漢字と、日本の漢字と同じ関係のようです。


現在のイランでは、ペルシャ語はアラビア文字で記述されています。アラビア文字は、元来アラビア語を書くための文字で、有名な『コーラン』もアラビア語(アラビア文字)で記述されています。

 では、アラビア語とペルシャ語は似た言語なのでしょうか。実は、違う言語なのです。両者の関係は、中国語と日本語の関係といったらわかりやすいかもしれません。文法的には違っていても、文字や単語の共通性があります。また、ペルシャ語は、英語などヨーロッパで使われている多くの言語が分類される、インド・ヨーロッパ語族の中の仲間とされています。

 『ことば』を考えるときに、実は話すための『言語』と文字にはあまり大きな関係がないということに気付くと面白いかもしれません。

チャレンジ!外国語 外務省の外国語専門家インタビュー ペルシャ語の専門家 清水さん
https://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/dpr/page24_001216.html

 ペルシア語とアラビア語はどちらも右から左へと読んでいきます。そして、どちらも、ほぼ同じ文字で書かれています。しかし、全く同じ文字というわけではありません。これは日本語と中国語の関係に似ているでしょう。

そもそもペルシア語とアラビア語は異なるので、ペルシア語をクーフィー体で表すことはかなり難しい作業でした。そこでイラン人は、クーフィー体を徐々に変え、ペルシア語に適応させていきました。

まず、クーフィー体にはない「点」とか「母音」を表す文字を作り出しました。そして、これらを元に、「ナスタアリーク体」を発明しました。

ペルシア語とアラビア語はこう違う
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/062600062/

 クーフィー体とナスタアリーク体は書体で、イラクの国旗の中央には、クーフィー体で「アッラーは偉大なり」と書かれています。


 日本の文字(和文)にも、さまざまな書体がありますよね。それと同じです。

 ところで、「あなたは何者か?」と問われたとき、日本に住む私たちのほとんどは、「日本人」と答えるでしょう。正月も盆も、クリスマスもハロウィンも、なんでも行事として日常に取り入れているため、「どの宗教を信仰しているか」は、さほどアイデンティティと関係していないようです。

 ところが、中東と呼ばれる地域は違うとのこと。

たいていの人はまずイスラム教徒である自分を大切にし、次に来るのはアラブ人である自分、そして最後に来るのはサウジ人やエジプト人、シリア人など国民としての自分である(もちろん、皆が必ずしもそうであるとは限らない。例えば、「アラブ人」であるより、優先順位として先に「自国民」としての自分のアイデンティティーを大切に考える人もいる)。アラブでは、この3つのアイデンティティーを基盤に行動パターンと価値観が形成される。

日本人には分かりにくい「アラブ」「中東」「イスラム」の違いって?
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/11/post-97532_1.php


 『語学の天才まで1億光年』(著/高野秀行 集英社インターナショナル)には、初対面の人に「何語を離すの?」と尋ねると、相手を怒らせない上、けっこう盛り上がると書かれていたと記憶しています。宗教などは、当たり障りがあり過ぎるのでしょう。
 世界を見渡すと、私たちの感覚のほうが「不思議」と捉えられてしまう可能性も高そうです。

 なお、冒頭で紹介した千葉県立西部図書館の蔵書の著者はドイツ人でした。ヨーロッパに住む人々のアイデンティティもまた、私たち日本人とは異なるのかもしれません。

■参考資料
特別展示「日本とペルシャ・イラン」III ペルシャからイランへ 国号改称概説と主な展示史料
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page25_000039.html

『イスラーム医学  著/マンフレッド ウルマン 青土社
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