「古代から17世紀まで、どうして錬金術に夢中になった人々がいたのか」 文系人間がまとめてみた その4 「3倍偉大なヘルメス」を意味するヘルメス・トリスメギストス

 錬金術の起源をめぐる謎について、これまで多くの興味深い解答が出されてきた。ひとつは錬金術が、エジプトの神秘的な半身半人、ヘルメス・トリスメギストスによって人間に啓示されたというものである。手に不朽の「エメラルド表」をかかえながら、太古の靄のなかに浮かび上がったこの偉大な人物は、エジプト人にとってあらゆる芸術・学問の創始者であると信じられていた。

『新版 象徴哲学体系Ⅳ 錬金術』(著/マンリー・P・ホール 人文書院) 

シエナ大聖堂のモザイクにあるヘルメス・トリスメギストス(Wikipediaより)


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 古代において、世界の多くの地域では、国家の成立と神話が密接に関係していたようです。言い換えると、権力者は「統治する権利を神から与えられた」というお墨付きが必要だったのでしょう。

 集団にとっても個人にとっても、宗教的信仰は欠かせないものであった。あらゆる人間共同体は、その存続のためには、一体感を維持して内部的不和から身を守り、結束力を強化して外からの脅威に対抗しなければならない。そのために求められる自己犠牲を市民たちに受け入れさせるには、抽象的な正当化や計算づくとは別のもの、すなわち、その社会的集団がそれ自身で個人を超えた高い価値をもっているのだという合理性を超えた信念が植えつけられなければならない。
『ヘレニズム文化』(著/フランソワ・シャムー 論創社)

 紀元前5000~3000年頃に世界最古の都市国家が築かれ、文明が起こったとされるメソポタミア。そのシュメール文明では、どうやら「都市国家は神に作られたものだ」という建国に関する神話をがあったとのこと。

シュメールにおける原初の5都市のうち、天から与えられた4番目の都市シッパル、ほかラルサにおいても都市神を担い、両都市に神殿「エバッバル」を持つ[3]。シュメール人は太陽を白色と見ており、エバッバルは「白く輝く神殿[4]」の意を含み別名「白い家」とも呼ばれていた[5][※ 1]。

 紀元前1792年から紀元前1750年に、メソポタミアのバビロニア帝国の王だったハンムラビは、太陽の神であるシャマシュから王権を与えられたという話になっていたようです。
 ハンムラビ法典碑には、その様子が刻まれています。
ハンムラビ法典碑頂部に彫られたシャマシュ(向かって右側)とハンムラビ(向かって左側)。シャマシュがハンムラビに王権の象徴である「輪と棒」を与える場面。
Luestlingとone more author - 投稿者自身による著作物

 シュメール神話もバビロニア神話も多神教で、バビロニア神話についてはギリシア神話やローマ神話とリンクしているという情報がヒットしました。
 ギリシア神話の神ヘルメスのルーツは、バビロニア神話のナブにあるようです。
バビロニア神話の神
Nabu ナブ
水星を象徴する神
知恵と書記の神
運命の石板の保持者

ギリシア神話の神
Hermes ヘルメス
水星を象徴する神
知恵の神,伝令神
死出の旅路の案内者

ローマ神話の神
Mercurius メルクリウス
水星を象徴する神
知恵の神,伝令神
死出の旅路の案内者

 



 ところ変わってエジプトでも、エジプト古王朝が成立した紀元前3000年頃には神話があり、数多くの神が祀られていました。

 その一柱が知恵の神トト。鳥のトキの頭を持つ男性の神です。
トト(写真/Léon-Jean-Joseph Dubois


 紀元前334年のマケドニア王アレクサンドロス3世の東方遠征(別の説では、アレクサンドロス3年が死亡した紀元前323年)から、プトレマイオス朝エジプトが滅亡した紀元前30年まで、ギリシア文化とオリエント(東方)文化が融合したヘレニズム文化が発展しました。
 「ヘレニズム」は「ギリシア風」という意味です。東方遠征の前は、アケメネス朝ペルシアの支配領域が広がっていました。
アケメネス朝ペルシアの支配領域(Wikipediaより)
周辺地形(国土地理院地図より一部改変)



 その勢力を押しのけて、さらにいえば「アケメネス朝ペルシアを倒してしまいたい」「世界をギリシア色に染めてしまいたい」という思いがギリシア人たちにはあったのかもしれません。ちなみにアレクサンドロス3世の子ども時代は、ギリシアの伝統に従う教育を受けさせられました。13~17歳のときに、ギリシアの哲学者であるアリストテレスがアレクサンドロス3世の教師だったのも、父王の方針です。

 このヘレニズム文化で、エジプトの神トトと、ギリシアの神ヘルメスが融合したのが、ヘルメス・トリスメギストスの第1段階。そこに、ローマの神メルクリウスが融合して、ヘルメス・トリスメギストスというキャラクターが生まれたようです。ちなみにメルクリウスとヘルメスのルーツは同じで、バビロニア神話の神ナブです。

 ヘルメスは、ギリシアの神のヘルメス。トリスメギストスについては、「3倍偉大な」「三重に賢い」という意味があるのだそうです。
トト(写真/Léon-Jean-Joseph Dubois

ギリシア神話に登場するヘルメスは最高神ゼウスの息子(ローマ神話だとメリクリウスで、父神はユピテル 写真/Allec Gomes

シエナ大聖堂のモザイク画にあるヘルメス・トリスメギストス(Wikipediaより)


 上のような「足し算」でヘルメス・トリスメギストスが生まれたという話なのですが、鳥のトキの頭を持つトトがなぜこのような姿になったのかが不思議でした。
 その謎の答えが、以下です。

 要するに、ヘレニズム時代、ギリシア人たちは自分たちの多神教のなかにさまざまな異民族の宗教を摂り入れたが、それは、あくまで、ギリシアの神々と同じ要望を帯びさせ、ギリシア古来の伝統的儀礼に合わせてのことであった。ギリシア人たちは、新しいものを快く受け入れたが、自分たちの伝統的なものと反する要素は除外し、あくまでギリシア的に装わせたのである。

『ヘレニズム文化』著/フランソワ・シャムー 論創社)


 同じ現象は日本でも見られます。一例が、弁財天。


  弁財天のルーツは、ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーといわれています。

サラスヴァティー(Wikipediaより)

 えっと、えっと、本当にルーツはこれ?

 そんな感じもしますが、古い時代には当たり前の現象だったのでしょう。

 古代ギリシアではさまざまな学問が誕生しますが、人生の悩みを学問で解決できると信じていたのは、少数の哲学者たちだけだったとのこと。

大多数の人々は、彼らが示す推論などはほとんど気にもかけず、それよりも、ずっと容易で、はるか遠い先祖から行なわれてその有効性が証明されている確実な方法として、何らかの超越的力を信じて祈り、捧げ物を捧げる慣習に従った。

『ヘレニズム文化』著/フランソワ・シャムー 論創社)

 現在を生きる私たちも、朝の情報番組の占いコーナーで「今日の牡羊座のラッキーフードは焼きそば」などと紹介されたら、つい焼きそばを食べちゃいますよね。牡羊座は西洋占星術なのに、ラッキーフードが焼きそばという不思議はさておき、食べちゃうものなのです。


○サラスヴァティー→弁財天
○ヘルメス+トト+メルクリウス→ヘルメス・トリスメギストス

□参考文献
『錬金術の歴史』著/井上英洋 創元社

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